第1話

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陽の水谷、陰の長塚って、言われてた」 百合子は、なにかを思い出すように、笑った。 「でも、長塚くんとは、あまり話したことはなかったのよね。 無口でなにを考えているかわからないし」 そう言ったときの彼女の表情は、 まるで学生時代に戻ったかのように、 少女めいた憂い顔だった。 玲子に視線を戻すと、母の顔に変わる。 「そうそう。結婚して間もないころ、 うちにはよく、来ていたのよ。覚えていない?  あなたを撮りに来てた」 「え、わたし?」 「珍しい小鳥でも見つけたみたいに、撮るのよ」 「小鳥……」 「覚えていないか。ほとんど、隠し撮りだし」 「え」 「あのころ、よく、庭で踊っていたじゃない」 娘を見て「気がふれた」と言った父の言葉と一緒になった、 痛い思い出だ。 「あれをね。撮っていたの」 撮られていたことは、 まったく覚えていなかった。 だが、家の前であった印象的な出来事は、 覚えていた。 小鳥、という言葉が、引き金となって、 一瞬の出会いが鮮やかによみがえる。 「小鳥」と誰かがつぶやいた。 真夏だった。 見上げると、白いシャツを着た青年の額から、 汗が落ちた。 外国人みたいな風貌で、 目がぎょろりと大きく、怖かった。 しかも、その目は自分を見ていながら、見ていないような、 あるいは、もっと奥をのぞかれているような、 肉をえぐるような視線だった。 玲子は動けないまま、 その汗が地面に吸い込まれるのを見ていた。 濃い影。 うるさいほどの、蝉の声。 自分も汗をかいていて、 長袖のブラウスがはりついていた。 ブラジャーをつけていないけれど 大きくなった胸はこすれて、痛かった。 そして、恥ずかしかった。 青年はもう一度、「小鳥」とつぶやいた。 あれが、了一だったのか。 訊かなくては。 そう思ったときには、もう、とらわれていたのだろう。 水谷抜きで、ふたりで会いたい。 その願いは思いがけない形で、 かなうことになった。 芸術祭でドイツに行っていた水谷が、 死んだのだ。 ホテルで、ひっそりと。 次の日には水谷が戻ってくるという、 真昼のことだ。 彼の部屋の掃除をしていると、 ドイツから電話があった。 ともに芸術祭に行っていた、 彼の友人でもある俳優からだった。 「水谷が倒れた」 彼も相当あわてていたようで、 「ブルガダ症候群による心室細動らしい」 と玲子は聞かされた。
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