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引き払われることになって、
玲子にも行き場がなかったこともある。
仕事も、住処も失われたのだった。
了一も母親が亡くなってから、
生まれ育った一軒家を処分することに決めていた。
しばらく、ふたりで了一のスタジオで寝泊まりし、
やがてマンションに移ることになった。
了一が大きな賞をもらって、忙しくなったのだ。
マンションに移ることが決まったときに、
籍を入れた。
ふたりとも、水谷が死んで、
ひとりきりになったと感じていた。
玲子にはいまも血の繋がる身内はいるが、
帰ることのない家だと思っていた。
了一には血縁がいなかった。
ふたりにとっての一番大きな共通点は、
水谷が唯一の身内だと感じていたことだった。
「なんだか、みなしごになった気分なの」
玲子が言うと、了一もうなずいたのだ。
「もう、三十七の立派な大人なのに」
そう言って、笑った。
「私たち、血のつながらない兄妹みたいね」
玲子の気分は、おそらく、了一も同じだったのだろう。
その後、ふたりの間に性生活がなかったのは、
彼の性向もあるが、身内のような感覚もあるのだろうと、
玲子は思っていた。
了一が籍を入れることを提案したときに
「結婚していると、なにかと便利だから」と言った。
同居の言い訳になる。
でも、好きなひとができたら、離婚してもいい、とも。
勝手な言い分とも思える結婚は、
玲子を守る殻でもあった。
失った住処と、役割を得ることでもある。
もちろん、ふたりのつながりが強固なことは、
疑いをもたなかった。
了一がアシスタントの男と親密な雰囲気であるのを知ったのは、
結婚してからずいぶん経ってからだった。
彼らが必要以上に親密にしている場面を、
スタジオで目撃したのは一度ではなかった。
玲子がコーヒーを入れるなりして用事をしているすきに、
あからさまな触れ合いをしたあと、
つと離れる姿に、気づいていないふりをした。
水谷が言っていた「女に興味がない」ということは
本当だったのだと、衝撃を受けた自分に失望した。
どこかで了一は自分に興味がないのではなく、
すべての他人に興味がないのだと信じていたのだ。
アシスタントは、おおよそ二年で変わった。
それは恋の終わりと同じなのだと、
玲子は自分をなぐさめた。
了一はいつも「みんな独立していくから」と、説明した。
玲子が気づいてないことを、
無邪気に信じているかにみえた。
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