8人が本棚に入れています
本棚に追加
「千夏!」
大きな声に反応し、手をどけて振り向いた。障子の前には千代が立っている。
「お父さんの邪魔しちゃ駄目よ。ゆっくり休ませてあげなさい」
千代の言葉に素直に従い、千夏が部屋を出ると障子をゆっくりと閉めた。
「ごめんなさい、巌さん・・・・あの子、一人が寂しいみたいで」
布団の右横に正座をして、千代は手にしていたおぼんを左に置いた。おぼんにはお湯の入った器と包帯、白い布に児嶋にもらった塗り薬が乗っている。
「包帯・・・・変えますね」
そう言って千代は巌の右腕の結び目に手をかけた。包帯は少しだけ残った腕に絡ませるような形で背中まで巻きつけてある。
ゆっくりと外していったが、巌の表情は終始険しかった。歯を食いしばるようにして痛みを堪えているようだ。
腕の傷は化膿し、紫色に腫れている。布を剥がすと黄色い液と血がじんわりと出てきた。新しい布にお湯をつけて患部を拭き取るようにして血と膿を洗い流し、チンク油とワセリンを混ぜた物を塗った。
背中も同様に広い範囲の火傷を布で丁寧に拭き、混合の塗り薬をつけて薄い布を貼り、包帯を全体に巻いた。
戦時中、無傷だった千代は近所の人たちに手当てをしていたため、幾分か手慣れていた。
「何か・・・・召し上がります?」
痛みに疲弊しきった巌を見て、千代はそう言葉にした。
「・・・・水・・・・・・」
「お食事はまだ要りませんか?」
頷くだけの巌。千代はおぼんを手にして静かに部屋を出た。廊下には千夏が座り込んでいる。
「千夏・・・・そんなところにいたら風邪ひきますよ。ほら、中に入って」
廊下を挟んだ反対側の部屋に千夏を招き入れると、彼女は千代の手を握った。
「おじさん・・・・死んじゃうの?」
行こうとする千代は千夏の言葉に振り向いた。心配そうに彼女はこちらを見ている。
最初のコメントを投稿しよう!