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「千夏・・・・あの人は千夏のお父さんよ。おじさんなんて呼ぶのはよしなさい。大丈夫、お父さんはそんな弱い人じゃありませんよ。大丈夫」
千夏の腕を何度か撫でて千代は炊事場に行き、水を手にして部屋に戻った。
「お水・・・・お持ちしました」
障子を静かに開けると座ったままの状態の巌と目が合った。おぼんを布団横に置き、水の入った湯呑み茶碗を差し出した。
巌は黙ったまま左手でそれを受け取り、一口また一口と喉に流し込む。
「うぐっ、うぐっ・・・・」
全てを飲み干し、湯呑み茶碗を千代に返した。
「・・・・荷物の中に金が少しばかり入っている・・・・・・好きに使ってくれ」
それだけ言うと包帯の巻かれた背を千代に向けて横になった。
二十歳に徴兵検査で第一乙種とされた巌は数年間軍にいたが、その後は事務職に就いて二十四歳で再び召集され、満州にいた。
だが学もなく、特殊な技術を持っていない巌は二等兵からの出発で、命あって帰ってきても評価はされず一等兵止まり。そのために貰える賃金は少なかった。
巌の枕元にある荷物を探ると紙袋に入ったお札が出てきた。百円札と拾円札の束と小銭。全部で千円ほどがあり、しばらくは暮らせそうだ。
「大事に使わせて頂きます」
巌の背中に一礼し、おぼんの上に封筒を乗せて部屋を出た。
『金が何になる!』
満州国にいた関東軍の中の連隊であった中津らは島に応援として駆けつけ、着いてすぐに戦闘があった。
繰り返されるアメリカの攻撃に輸送船がやられ、一ヶ月も経たないうちに陸軍兵の物資は乏しくなり、空腹と緊張に皆苛立っていた。
本部を離れて森を歩くこと数日間、ヤシの実といった果実類しか口にしていない。
持っていた日本紙幣を地面に叩きつけ、一等兵の高松が叫んだ。彼は中津と歳が近く、同じ一等兵ということもあり、親しくしていた。
中津は散らばった紙幣を集めて高松の前に差し出した。
『ここじゃ役に立たなくとも、国に帰った時の為には役立つ。とっておけ・・・・それと怒ると余計に腹が減る、少し休め』
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