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「・・・・タカマツ・・・・と譫言をおしゃってました」
「ああ・・・・そうか」
左手で上体を起こし、巌は顔全体を手の平で擦った。
「巌さん・・・・ご飯の用意できましたけど、どうなさいます?」
「ああ・・・・分かった」
布団を剥いで彼はゆっくりと立ち上がる。
頬を引き攣らせ、廊下を行く巌の背中に羽織を掛ける千代。
玄関から程近い居間に移動し、四角いテーブルの奥に巌は胡座を掻いた。隣の部屋にいた千夏は恐る恐る巌の正面に正座した。
「おとーさん・・・・」
お父さんという声に巌は目だけを動かした。初めて自分に向けられたその言葉の反応に戸惑ったからだが。
「・・・・なんだ?」
「これ・・・・」
千夏はテーブルの上に半紙を折ったものを乗せた。
「・・・・これは?」
四角い紙の中心に四つ角が合うように折られていて、真ん中に位置する角が外に折ってある。
「あら・・・・千夏、お花を作ったの?」
おぼんにお椀を乗せて千代が後ろから現れた。
「ああ・・・・花か・・・・」
「おとーさんにあげる」
笑顔を見せて千夏は花を巌に差し出した。
「ああ・・・・」
左手で受け取ったそれを裏表見たが、花と言われなければ分からないだろう。
「それでは、いただきましょう」
千代も正座をし、軽くお辞儀をしてそう声にした。巌も微かに頭を下げて箸を手にした。だが、左手だけではうまく持てずに雑炊に触ることなく箸の一本をテーブルに落とした。
カチャ
千代は雑炊を口に含んで正面の巌に目を向けた。
「ああ・・・・匙を持ってきます」
持っていた箸を置いて立とうとする千代を巌は止めた。
「いい・・・・俺に構うな」
巌は落ちた箸を拾い、お碗の中に入れて掬おうとするが米一粒として掬えない。
片腕ではお碗を持って掻き込むこともできない。それでも懸命に箸で雑炊を掻いた。
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