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「巌さん・・・・使って下さい」
見兼ねた千代は匙を持ってきて差し出した。
「ああ・・・・だが、これからはこの手でやっていかねばならない」
厳しい口調で巌は言い放ち、箸を置いて匙を手にした。
「焦らないことです。まずは栄養を・・・・」
「ああ・・・・そうだな」
匙で掬った雑炊を口に運ぶ。すぐには飲まずに口を動かして慎重に飲み込む。そうでもしないとすぐに吐き気がした。胃が物を受け付けなかった。
千代も千夏もいつもと違う雰囲気に黙って食事をしている。大抵は千夏が何か話しかけてくるのだが、巌の顔を時々見ては黙々と食べる。
味噌味の雑炊と南瓜の煮物に菜っ葉のおひたし。
食糧難と言われる時代ではあったが、そのほとんどは児嶋から分けて貰っていた。そのおかげで何とか千夏を育てることができた。
「ああ、巌さん・・・・明日、児嶋先生のところに行きません?戦時中は色々とお世話になったので、お礼を兼ねて。巌さんの傷を診て頂こうかと・・・・」
静まり返っていた部屋に千代の声が響いた。巌は顔を上げ、ああ・・・・と一度頷いただけだった。
「ああ、南瓜も食べて下さい。柔らかく煮たので・・・・」
「ああ・・・・」
千代と千夏が食べ終わっても巌はまだお碗の雑炊を食べていた。
「お茶・・・・入れましょうか?」
「ああ・・・・」
真剣に食べる姿から彼の必死さが伝わった。衰弱した体を元に戻そうと懸命に食らう。
「きっとすぐに元気になりますよ」
「ああ・・・・そうだな」
温かい物を食べたせいか、先程よりも血色が良くなった顔を千代に見せて巌は頷いた。
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