憂イ人

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憂イ人

 千夏が眠っているうちに買い物を済ませようと千代は朝早くから青空市場へと出かけていた。  人で溢れる市を千夏を連れて歩くのは容易ではない。そのため、いつもは児嶋のところへ預けていた。だが巌が戻った今は自宅で寝かせたままにしてある。  少し開けた通りの両側は風呂敷を広げて物を売る人々が座り込んで、それを買う人とでごった返す。  鍋や釜などの道具から自作のたわしや草履まで様々な物があるが、そう何でも買えるわけではない。  終戦しても物資は滞ったままで戦時中よりも枯渇していた。  日に日に上がっていく物価に国は大量の紙幣を刷って対応したがために、お金の価値は下がるばかりだ。  昨日は拾円で買えた物が今日は百円になることもあった。千代もそれに頭を抱える日々。 「お米下さい」  千代はいつも買っているところで米を買おうと年配の物売りに声をかけた。 「米、一升で百円」 「百円!?・・・・この前まで五拾円だったじゃないですか!」  物売りの男は上目遣いでジロッと千代を見た。 「年の瀬で皆買い占める時期だ、物がなくなるんだよ。それと今年の凶作が重なって、米が貴重になってるのさ。これぐらいが妥当だ」  当然という素振りで話す男に千代は手持ちのお金を見た。拾円札が十枚、米と味噌や醤油などの調味料を買う分には事足りる筈の金額だった。  千代は渋い顔でお札を五枚数えて手渡した。 「これで買える分を・・・・下さい」 「いいのかい?こんな少しで。あんたんとこの亭主帰ってきたんだろう?もっと食べさせてやんなきゃあ、かわいそうだ」  物売りの男はそう言いながら一合枡で俵の米を掬って、千代の持つ布袋へ五杯入れた。 「どうして、そんなこと・・・・」  千代の怪訝な顔つきに男は笑った。 「ここにいりゃあね、色んな話が耳に入ってくるのさ。あ、それか、あれか?あの金持ちそうな医者に食わせてもらってるのか?」
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