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「・・・・戦地から戻ってきました・・・・・・中津巌です・・・・」
頭を下げて、ようやく彼女は明るい表情をした。
「本当に?巌ちゃんなんだね?・・・・帰ってこれたんだ、そうかい、そうかい。早く千代さんにも教えてやらなきゃ」
「はい・・・・ですが、家がどこか・・・・」
「ここまっすぐ行って、あの路地を右に行きゃ、あんたんちだよ。ここいらも派手にやられたからね。でも、大丈夫。あんたんちはちっとも壊れちゃいないよ。それに千代さんに、あ・・・・」
何かを言おうとして八重子は口を押さえた。
「・・・・千代がどうしたんです?」
「あ・・・・いえね。行けばすぐ分かることだよ。ほら、こんなところで油売ってないで帰っておやり」
追い払うような素振りの八重子に巌はゆっくりと歩き出した。
右腕は見えないように上着を羽織っていたため、八重子には気づかれずにその場を去った。
彼女に言われた道を進むと、変わらない家がそこにあった。小さな門の戸をゆっくり引くと庭が見え、そこに小さな女の子が走り回っていた。
巌に気づき、女の子は止まってこちらを見た。
「あ・・・・ここは・・・・中津さんの家じゃ・・・・・・」
巌の言葉に少女は一度だけコクンと頷いた。
「あ・・・・ここで遊んでいるのかな?」
もう一度コクンと頷いて、少女は大声を出した。
「お母さん!お客さん!」
その声に反応して縁側に出てきたのは間違いなく、妻の千代だった。
黒の生地に灰色の格子模様の入った着物姿の千代は長い黒髪を後ろで束ね、白く長い首から卵形の顔にまん丸の目とスッと通った鼻筋、女優のような美形な顔立ちの紅をつけた彼女の口元は力無くポカンと開いていて、ジッと巌の顔を見ていた。
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