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「・・・・巌さん?・・・・」
「千代・・・・・・只今、戻りました」
深くお辞儀をして流れそうな涙をグッと巌は堪えた。姿勢を戻すと、千代が縁側に正座をしてゆっくり頭を下げた。
「無事に帰ってきて何よりです。長い間お疲れ様でした」
二人のやり取りを見ていた少女は千代の元に近づいた。
「この人、だあれ?」
「お父さんですよ、千夏の」
千代の言葉に見上げて巌を見た。黒ずんだ皮膚に窪んだ目の巌は千夏には髑髏のように映ったに違いない。
「千夏、お父さんに挨拶しなさい」
千代の言葉に少女は恐る恐るお辞儀をした。
「こんにちわ」
赤の他人に話し掛けるように千夏は言った。
「・・・・こんにちは」
長い間笑うこともなかった巌の頬が痙攣するように反応し、口端を上げた。
見たところ二・三歳のように感じたが、子供と関わることのなかった巌にはそれが合っているのかさえ見当もつかない。
「この子は・・・・戦時中に?」
「はい・・・・巌さん、お疲れでしょう。さあ、中に入って」
背負っていた荷物を受け取り、玄関へ先回りした千代は木戸を開けて廊下に正座して巌を出迎えた。
そして再び "お帰りなさい" と言葉と手を添えて頭を伏した。
それを見届け、巌は床に腰を下ろして靴を脱ぎ始めた。思うように動かぬ左手で靴紐を解くのに時間がかかる。
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