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低く呻いて、男が腕を離した。
逃げようと身を翻したものの、息が乱れて足もとがもつれ、姫は薔薇の海に倒れこんだ。
真紅の薔薇が、空に舞う。
ざらざらした石造りの床に両手をついて、姫は必死に上半身を起こした。
助けを呼ぼうとしたけれど、息が乱れて声が出ない。
しどけなく崩折れ、切れ切れにあえぐ姫の周囲に、いくつもの人影が舞い降りた。
スラリとした長身の肢体に、漆黒の翼。
姫は、愕然と目をみはった。
冷たい戦慄が、背筋を駆け抜ける。
翼を持つ者は、邪悪な精霊族の証し……
(馬鹿な……!!上空には結界が……!!)
強大な聖力で張り巡らされた結界は、決して破られるはずがない。
「ふ、驚いて口もきけぬか」
正面の男が、嘲るように言った。
「我らは絶大な魔力を持つ種族。妖精族の結界など、とるに足りぬわ」
姫は、ぞくりと身を震わせた。
男たちの全身から発せられる、邪悪な魔気に怯えていた。
これまでに感じたことのない、まがまがしい残酷なオーラを、男たちはその身にまとっていた。
七つの月に照らされた顔は、一様に若く、整っている。しかし、鋭く切れ込んだ赤い瞳は、ひどく残忍な光を浮かべていた。
「薔薇の妖精姫、噂にたがわず美しい」
「何とも可憐で可愛らしい姫君だな。……様が欲しがるわけだ」
「だが、まだ成人前、何の力もないようだな」
口々にそんなことを言いながら、男たちが近づいてくる。
「誰か……!」
ようやく声が出せるようになり、姫はか細い悲鳴をあげた。
が、その声はすぐに遮られる。
シャアアアアッ!!
風を切る音が薄闇を裂き、男たちのローブが空に舞った。
「っ!!」
大きな目をさらにみはり、姫はその場に凍りついた。
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