課外授業:褒められたい

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*** 「ダメだ……。ずっと頭の中で、エンドレスリピートしちゃう」  ボーッとしたまま自宅に帰宅し、準備していたワンピースに着替えてから、家族揃ってパーティ会場になっているホテルに向かった。  タクシーでホテルに向かっている間だけじゃなく、ホテルの大広間で父親の背後に母親と並んで立ってる最中も、図書室でされたデコちゅーが、不意に思い出された。  三木先生の唇が、自分のオデコと一瞬だけ接触した。言葉にすればなんてことのない事実なのに、体に残った感触が胸を無性にドキドキさせて、自然とニヤけてしまう。  そのたびに唇を噛みしめたり口元を手で覆ったりと、誤魔化すのに必死になってしまった。 「安藤さん、お久しぶりです」 「ああ、鹿島社長! いつもお世話になっております」  耳慣れた名字に父親を見ると、鹿島社長と呼ばれた人の隣に、振袖を着た鹿島さんが、にっこり微笑みながら佇んでいた。 「奈美さん、やっぱりパーティに来てたんだね」 「うん。鹿島さんの振袖、すごく似合ってる。いいなぁ!」  鹿島さんから声をかけられたので、父親から離れるべく、こそこそっと移動し、鹿島さんの傍に駆け寄って話しかけた。 (――今朝のお礼を、ちゃんと言わなくちゃね) 「奈美さんの清楚なワンピース、とっても可愛いと思うな。着物って普段から着慣れないせいもあって、結構大変なんだよ」 「ありがと。それと今朝、三木先生のことを上手く誤魔化してくれて、すごく助かったよ」  私は声のトーンを落としつつ、鹿島さんにしっかり頭を下げた。 「ううん、お役に立てて良かった。奈美さんのためなら、なんだって協力するからね」 「う、うん。どうもありがと……」  正直、あまり協力要請しない方向でやっていきたい。 「奈美さん、せっかくお近づきになれたんだから、私のことも名前で呼んでほしいな」  ほらほら、こうやって何かを要求されちゃうからね。しかも鹿島さんの名前、知らないし……困ったな。 「いつまでも同級生と喋ってないで、次の挨拶に行くぞ、美登里」 「それじゃあ美登里さん、また学校で!」  鹿島社長がナイスタイミングで名前を呼んでくれたお蔭で、何事もなくスムーズに問題が解決してしまった。 「奈美さん、御機嫌よう!」  嬉しそうに去って行く鹿島さんの後ろ姿を見て、心底ホッとした瞬間だった。 「私の言うことを、きちんと聞いてるみたいだな」  父親の言葉に、振り返って顔を見た。満面の笑みを浮かべながら、母親と何かを話し込んでいる。その様子で鹿島さんが例の書類にチェックされていたのは、間違いなさそうだった。  他にも学校の知り合いがいるだろうかと周囲を見渡したとき、目の前にキレイな顔立ちの男の人がやって来た。誰だろうと思い、まじまじと見上げてしまう。 「安藤社長、こんばんは。今日は両手に花で、大変羨ましいですね」 「合田さんのトコの、(たけし)さんじゃないか。この間会ったのは確か、高校生のときだったよなぁ。今は大学生か? すっかり立派になって」 「いえいえ、まだまだ駆け出しの若造です。今年大学2年生になりました。そちらは、安藤社長のお嬢さんですか?」 「はじめまして。安藤 奈美と申します。高校2年生です」  こっちを見て訊ねてきたので、仕方なく自分から挨拶する。正直、自己紹介は苦手なので、あまり携わりたくないんだけど。 「奈美さん……。名前どおり可憐な感じで、可愛らしいですね。しかも大人っぽいなぁ、ご両親のいいトコ取りしたんでしょう」 「あははは! 猛くんはお父さんに似て、相変わらず口が上手いなぁ」  自分を他所に遠くで盛り上がる様を、ぼんやりと眺める。 (すっごくつまらない――これなら三木先生の家で小説の執筆をしたほうが、何倍も楽しいのに。三木先生今頃、何してるんだろ……) 「奈美さんの顔に、つまらないって書いてあるね」  図星をつかれて慌てて顔を上げると、猛さんが覗き込むように私の顔を見ていた。 「いえ、そんな全然……」 「俺も高校生の頃、嫌々ここに連れて来られてたから、なんとなくわかるんだ」  コソッと耳打ちされ、ビックリしながら猛さんの顔を見ると、ペロッと舌を出す。何だか、いたずらっ子みたいな人だな。 「安藤社長、奈美さんはどうやら、体調がすぐれないみたいですよ。もし宜しければ、俺がご自宅まで送って行きますが、どうでしょうか?」 「なんだおまえ、具合が悪いのか?」  突然他人につかれたウソに戸惑いを覚えつつ、ここから抜け出せるかもしれないことに、内心歓喜した。 「えっと、その、テスト勉強のせいで寝不足気味で……」 「ちょうど俺も用事があって、早めに帰らなければならないので、ついでに送っていきますよ。通り道ですしね」  言いながら私の肩を抱き寄せて、ワザとらしく支えてくれる。正直なところ、そこまでしなくてもいいのに。 「では済まないが、奈美をよろしく頼むよ。猛くんなら安心だ、気をつけて帰りなさい」 「任せてください! ちゃんと送り届けますね。じゃあ、行こうか」  具合の悪いフリをしなきゃならないので、肩に回された手を解くことができずに、仕方なくそのまま駐車場まで一緒に歩き、国産の赤いスポーツカーに乗せられ一路、我が家に向かった。  私が快適でいられたのはここまでで、車内での会話はひどくつまらない内容ばかりに、テンションがダダ下がりする。 「ねぇ奈美ちゃんって、下の名前で呼んでもいいかな?」  いきなりの馴れ馴れしさにうんざりしつつ、前を見据えたまま答える。 「はい。さっきはありがとうございます」 「いいんだよ。大人の事情に巻き込まれて、いい迷惑だよな。だけど今日はそのお蔭で、奈美ちゃんに出会えたんだけど!」 「はあ、そうですね……」 「ねえねえ、俺の名前に違和感なかった?」  信号待ちのとき、唐突に顔を近づけてきて、ワケのわからないことを聞いてくる。その意味不明な言動と行動に思いっきり困惑し、黙ったまま顎を引きつつ首を横に振った。 「合田 猛だよ! ほら猫型ロボットが主人公の、某アニメに出てくる音痴のキャラと同じ名前なんだって」 「ああ。そういえば同じですね。あははは……」 (――だから、それがどうした!?) 「これのせいで昔はよく苛められたけど、今はインパクトがあって忘れられない名前だろうって、ちょっとした自慢なんだ。ね、奈美ちゃんの頭の中にも、すでにインプットされたでしょ?」 「残念ながら、インプットされちゃいました」  私が苦笑いしながら答えると、猛さんは嬉しそうな顔をしてハンドルを握り直した。 「奈美ちゃんは、彼氏いるのかな?」 「……いえ、いませんけど」 「そうなんだ。可愛いから、てっきりいるんだと思ってた。なんだ、そうか――」  その後、猛さんは名前以外にも自慢できることを延々と喋り続け、私はそれに合わせて褒めちぎるという、無駄な作業をする羽目になったのである。  やはり何事も、そうそう上手くいかない。なにかしら必ず、ツケが回ってくる仕組みに世の中なっている。  いい加減うんざりしたとき、自宅近くの大通りでちょうど信号待ちになった。 (神様が与えてくれた絶好の機会。これはチャンスだ!) 「猛さん、今日は本当にありがとうございます。もう自宅の傍なので、このまま失礼します!」 「えっ!? ちょっと――」  急いでシートベルトを外し、逃げるように車から降りて歩き出した。  キレイな顔立ちに人懐っこい性格で、ぱっと見はいい人なのに、あの自慢話のオンパレードは、心の底からゲンナリするしかない。  はあぁと深いため息をつきながら、自宅に向かって体を引きずるように歩いた。 「待ってよ、奈美ちゃん!」 (――猛さんってば、どこかに車を置いてついて来たの!?)  その場に渋々立ち止まり、走ってきた猛さんに向かい合うしかない。 「車は大丈夫ですか? 自宅はもうすぐそこなので、本当に大丈夫ですので……」 「ダメだよ。お父さんにきちんと送るって、俺は約束したんだから。それに家がすぐそこなら、車も大丈夫でしょ」  猛さんは楽観的な答え方をして、思いっきり顔を引きつらせた私を無視し、さぁ行こうと言いながら肩を抱き寄せる。 「あの、本当に大丈夫ですから。ひとりで帰れます……」  強引とも言えるご都合主義に辛抱堪らなくなり、さっと身を翻して肩に回された猛さんの腕を外すと、自宅に向かって足早に歩いた。 「奈美ちゃんって、意外と照れ屋さんなんだね。可愛いなぁ」 「いや……。照れてませんっ」  私から嫌々オーラが出ているのにも関わらず、隣にピタリと寄り添い、楽しそうに喋る猛さん。  ちょうど、三木先生のボロアパートの横を通り過ぎたときだった。 「おー、奈美! 今、パーティーの帰りか?」  その声に立ち止まってアパートのほうを見ると、ニコニコしながらこちらに向かって歩いてくる三木先生がいた。いたんだけどもいつもボサボサの頭を、なぜか七三分けに整えていた。とても似合ってないその姿に、私は言葉が出ない。 「奈美ちゃん、この方は誰だい?」 「ええっと……」 (うわぁ正直、知り合いだと言いたくないよ)  恐るおそる変な髪形の三木先生を見ると、爽やかな作り笑いをして、私と目を合わせた。アイコンタクトされる意味が、さっぱりわからない。 「彼女をここまで送ってくれてありがとう。ここからは彼氏の僕が送っていくから」 「えっ、彼氏!?」  猛さんは驚いて、私と三木先生を交互に見比べた。先生はカレシ(仮)が勝手に発動されたことに、戸惑いを隠せない。しかもどうしてまったく似合わない七三分けの髪形で、彼氏として登場するんだろうか……。 「社会人の僕と未成年の彼女が付き合ってることを知られるとほら、いろいろあるでしょう?」 「まあ、そうですね……」  困惑しまくりの私の腕を強引に引っ張ると、三木先生の体にくっつくように抱きしめる。そのときちょうど私の耳が、三木先生の胸元の位置になって、鼓動が直に聞こえてしまった。 (あれ? すっごくドキドキしてる――!?) 「奈美が卒業してから、きちんとご両親に挨拶しに行く約束をしているんです。僕らはそういう関係なんで、諦めてください」  呆然とする猛さんを尻目に三木先生は私の腕に自分の腕を絡め、自宅に向かって歩き出した。 「あの猛さん、ここまで送ってくれて、ありがとうございました。ごめんなさいっ!」  申し訳ない気持ちがいっぱいになったので、引っ張られながらも一応謝った。彼からの返事が聞けないまま三木先生に連れられ、家の前にすぐさま到着する。 「あの三木先生、ありがとうございました。その……すごく助かりました」  どうして似合わない、七三分けの髪形をしているのか。どうしてすっごく鼓動が早かったのか――。聞きたいことが山のようにあったけど、聞きにくいのはやっぱり、図書室での出来事が私の言葉を奪っていたからだった。 「たまたま買い物に出かけようとしたら、奈美の声が聞こえてきたんでな。明らかにおまえは迷惑そうにしてるのに、それを無視した男にまとわりつかれて、思いっきり辟易してただろ?」 「はい、正直困ってました」  その言葉でよぉく三木先生のことを見てみると、髪の毛がしっとりと濡れているのがわかった。 「三木先生、もしかしてお風呂上りですか? 風邪を引いちゃうかもしれないのに」  首に巻いていたストールを手際よく外して、急いで三木先生の首にかけてあげる。 「生徒に心配されるほど、僕はヤワじゃない。大丈夫だから!」 「ダメですって! 三木先生は若くないんだから」 「まったく強情な生徒だな。しかも年寄り扱いするって、さりげなく酷い」 「年寄りついでにその髪形、もっと老けて見えますよ」  見れば見るほど、似合わなすぎて笑いしか出てこない。思わず口元を押さえて、クスクス笑ってしまった。 「だって、しょうがないだろ。さっきの男が、結構イケメンだったからさ。僕が対抗するには、コレしかないって思ったんだ」 「いつものボサボサ頭でも大丈夫だったのに。何を血迷って、可笑しなほうに走っているのやら」 「それだけじゃなく! ……その、おまえもドレスアップしていて、そのまま横に並ぶのが、どうしても居たたまれなかったんだ。普段見る制服と違っていたから、いつもの感じじゃなかったし。あとは――」  俯きながら他にもぶつぶつ言い続ける三木先生に、疑問に思っていたことがするりと私の口から出る。 「それでドキドキしてたの?」  あっと思ったときには、言葉を発してしまった。私からの問いかけに、三木先生は一瞬ぽかんとしてから、急に慌てふためく。 「どっ、ドキドキするに決まってるだろ。あの場面をだな、どうやり過ごそうかと、必死になって考えまくったんだ。相手はイケメン御曹司風だったし、奈美はこんなだし、僕はヨレヨレの冴えない教師だし!」 「確かに冴えない教師だけど、やっぱりいつもの髪形のほうが、私としてはカッコイイから!」 「おー、ありがとな」  照れる様子の三木先生を見てるだけで、なぜか私にまでテレがうつってしまい、ぶわっと頬に熱を持つ。 「三木先生ってば、ちょっ、なにその変な髪形でテレまくってるの。も~気持ち悪いったら、ありゃしない! カッコイイって言ったのは見慣れてるからであって、別に変な意味なんてないんだからね!」  ところどころを強調するように、アクセントを置きながら言いつつ、背伸びして三木先生の頭をグチャグチャにしてやる。 「奈美わかったから、もう乱暴なヤツだなー」  三木先生は苦笑いをしながら、私の頬にそっと触れる。 「早く家に入って、風呂入って寝ろよ。肌が冷たくなってる」 「そっちこそ早く買い物に行って、家に帰ったほうがいいよ。頭、濡れてるんだから風邪引いちゃうでしょ」 「おー、じゃあコレ借りてくな。ありがと奈美」 「こっちこそ、ありがと……。おやすみなさい」  三木先生に貸したストールは、着ていた服にまったく似合わなかったけど、風邪のリスクが減るなら、別にいいかなって思った。  去って行く後ろ姿を見ながら寂しいって思うのはきっと、会話が盛り上がったせい。この胸の高鳴りも、そのせいなんだ。
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