1.新事業

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「では、こんな仕事はいかがですか?」  前々から考え、手帳に書き記しておいた仕事を相手に話す。仕事にありつけない俺は、自分で仕事を考えることを日課にしていた。自分で、事業を興せばいいのだが、そんなことをするほどの度胸も資金もない。第一、うまくかどうかさえ俺自身、分かっていない。これは、机の上の空論にすぎない。  こんな、役にも立たなさそうな空論に相手は懸命に耳を傾けてくれている。なんだか、申し訳ない気分だ。  俺が考えた仕事を粗方、相手に話すと彼は目を見開き驚いた顔をしていた。 「なるほど、そんな仕事があったとは気付かなかった!誰もやろうとしなかった・・・。いや、社会、そのものの盲点だったかもしれない!」  なんだか知らないが、相手はすっかり、元気になっていた立ち直ったようだ。そして、俺の手を握り、 「ありがとうございます!きっと、これで何とかなります」 「お礼を言われても困ります。私はただ・・・」  つまらない自分の空論を述べただけのこと。それだけで、熱く礼を述べられても。 「いやいや、素晴らしいですよ。事業が成功したら、この礼をさせてもらいます!」  相手はそう言うと、意気揚々と俺の部屋を出ていった。  やれやれ、やっと出ていってくれたか。俺の話がどう役に立ったのか、分からないが喜んでくれているのならいい。これで、落ち着いて仕事について思考を巡らすことができる。  一息つけ、思考を巡らす旅に戻ろうとした時、再びドアをノックする音が聞こえた。  また来客か。そう思ったが、今度は違っていた。 「すいません。書留です」  やって来たのは、郵便局の配達員であった。書留と聞かされ、俺は迷うことなく引き出しから判子を持ち出し、 「判子ですね」  慣れた手つきで、配達員が届けてくれた現金書留に判を押す。ここ最近、このような手紙が俺のもとに届く。送り主は毎回、違うが、どの相手も、俺が以前に仕事の相談を持ちかけられた人ばかりだ。  封筒に入れられていたのは、新事業が成功した相手からの謝礼金だ。今回も、相当な額が入っている。今のところ、謝礼金のおかげで、生活には困っていないのがせめてもの、救いだろうか。  謝礼金がもらえる内に早く決めてしまわなくてはならない。  どんな仕事が俺に向いているのか。仕事を早く考えつかなくては、世の中においてかれてしまう。
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