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「……だって、だって、あれはキスマークだって、すみちゃんも類ちゃんも言うし……樹くんのママもなんか様子がおかしかったし……」
しどろもどろ答えるヒナに、樹はハッと吐き捨てた。
「じんましんとキスマークなんて、見ようによっちゃ間違うこともあるだろうさ。ボクは母さんの首筋に浮かぶキスマーク、うざいほど目にするけど。それとは全然違ったから、ヒナに違うって断言したんだよ。それをなに? ボクがまるで、ヒナを騙してナニかイケナイことをしたかのような物言い。ヒドイよ、信頼してるヒナに、ボクがあたかも性犯罪者みたく言われるなんて」
最初の威勢はナリをひそめ、樹はウルウルと瞳を潤ませ悔しげに唇を噛む。
ヒナはギクッと身体を竦ませた。
「……あんなに一緒にいたのに、ここまで人間性を疑われるとは思わなかった……ヒドすぎる……」
樹の顔には、胸が痛くなるような悲しい感情の波紋が広がって見えて。
無実の罪をなすりつけたような罪悪感が、ひたひたとヒナの胸を満たしてゆく。
「妊娠のことだってそう。ささやかで可愛らしいボクの勘違いを、周りに振り回されて曲解したのはヒナなのに、事実無根の冤罪なのに……。ねえ、ヒナ。ボクがヒナの嫌がるようなこと本気でしたって思ってるの? ……ボクのこと、もう嫌いになった?」
突然、樹の大きな双眸に涙がうるっとあふれ出す。
ヒナはギョッとした。
「だからそうやって、ボクのそばから離れてしまうの?」
自分を見つめる樹の眸は、悲哀と不安に揺れながらもひどく真剣なものに思えて、ヒナは思わず「嫌いになんかなってないない、泣かないでぇっ!」と頭をブンブン振りまくった。
「……じゃあボクのこと、信じてくれるんだね?」
切なさの混じる樹の声に、ヒナはコクリと頷いた。
頼りなげに俯いた樹の唇が、すうっと吊り上がる。
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