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「で、ヒナはあの絵、ちゃんと放課後河居先生に渡せたんだね?」
樹は何気ない口調でヒナに問う。
瞬間、ヒナの肩が憐れなほどにビクリと揺れた。
類と別れ、ふたりだけになった帰り道の冷ややかな薄暗闇の中、頭上にぽっかりと浮かぶ白い月明かりのせいで、俯くヒナの顔に悲しげな陰影が彩られてゆく。
目尻に涙をためながら悔しげに唇を噛み締める彼女の姿に悲壮さが増す。
ヒナは息を詰まらせながら、堰を切ったように今日起こった衝撃的な出来事を話し出した。
「……それがね……美術準備室から話し声が聞こえてきて、入って行きづらくて扉の前で立ってたら……すみちゃんの大好きな人が、リンさんが、河合先生に押し倒されてたんだよ……。ヒドいよ河居先生、あんなことする人だったなんて思ってもみなかった!」
しゃくり上げながら話すヒナの眸に、また涙が滲み出す。
ポロポロこぼれだす大粒の涙に、樹の胸がチクリと痛んだ。
けれど、その痛みは、後悔の念からくるものではなく、哀しそうな顔で泣くヒナに対しての哀れみの感情のみだった。
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