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「えっ、類ちゃんが彼氏? ビックリした! それはないよ、そんなふうに思ったことない。初等部からの昔なじみ、腐れ縁みたいなものかな?」
「そーなんだ。昔いじめっ子だった男なのに、今は羨ましいくらい仲が良いから勘違いしたよ」
――――本当に羨ましい。
樹は心からそう思う。
ヒナと同じ学年で、常に共通の話題があり、1日の大半を共に過ごし、当たり前のように彼女の隣に寄り添うことが出来る、許される。そんな環境を当然のように持っている彼が、憎らしいほど羨ましい。
ヒナと共に過ごせる環境を、彼氏と名乗っても許される境遇を、これほどまでに羨ましいと、手に入れたいと願ったことはない。
けれど、どれほど欲しても、その願いが叶うことは絶対ないのだ。
わかっているから余計に嫉ましくてならない。
樹は胸に渦巻く黒く澱んだ感情をひた隠し、彼女が発する次の言葉を恐怖に駆られながら待った。
「学校とかで今もよくからかわれてはいるんだけどね。類ちゃんとすみちゃんは、私の友達なんだ」
「友達、か。そっか」
邪気のない笑顔を向けられて、樹はホッと心から安堵の息を吐く。
そんな樹の思いになど気付くはずもなくマンションに着いたヒナは、3階の自宅ベランダを見上げて、ホッとしたようにうっすらと笑みを浮かべた。
そんな彼女を見て、樹はハッと思い出す。
「あ、そうか。そういえば、今日はヒナのお母さん帰ってくる日だったよね?」
「うん! 大阪から戻ってくるんだ。今週はずっとこっちにいられるんだって」
先ほどまでの寂しげな雰囲気は払拭され、ヒナは嬉しそうにぱあっと破顔した。
樹は眩しそうに目を細めて、浮き足立つヒナを仰ぎ見る。
その眸に、僅かな悲哀を滲ませて。
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