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「そ、そんなに子供じゃないから大丈夫だよ?」
「いいよ。ボクは遠慮しとく。せっかく戻ってきたのに、ボクがヒナ取り上げたら、おばさんだって寂しいだろ」
樹の言葉にヒナはハッと目を見開き、そして、淡く染まる頬をゆっくり緩ませると、眩しいものを見るような目で彼を見た。
「……あ、ありがとう」
「じゃあね、ヒナ。また明日」
高層階用のエレベーターホールで、胸に疼く冷たい想いを誤魔化しながら、樹はヒナに笑顔で手を振った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
樹がエレベーターに吸い込まれ、静寂が広がるエレベーターホールで一人、ヒナは小さく息をつく。
樹を見送ったヒナは、何故か取り残された子供のような寄る辺ない心地を味わっていた。
笑顔を浮かべていたが、樹こそ寂しそうな顔をしていたとヒナは思う。
閉じられたエレベーターの扉をじっと見つめながら、小さく痛む胸をきゅっと押さえた。
胸にぽっかりと穴が空いたような、大事なものを胸から抜き取られたような、樹を引き留めて彼の傍にいてあげたいと強く思うこの気持ちはなんだろう。
収拾の付かないもやもやとした気持ちを持て余したまま、樹の姿がエレベーターに消えた後も、地面に足が縫い止められたみたいにヒナはその場から動けないでいた。
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