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色々な物事の造詣も深く、年下なのに誰よりも頼りになる存在。
今日だってヒナのことを気遣って、自分の身丈ほどもある大きな鞄を持ってくれようとした、優しい少年。
樹が泊まりに来てくれたのも、ヒナの母親の出張期間が長くなり出したから、ひとりぼっちになるヒナを心配してくれたからだろう。
そっけない態度や辛辣な言葉で誤解されがちだけれども、人を思いやれる優しい少年だとヒナは知っている。
樹といると、ヒナはぬるま湯に浸るような安堵感に包まれる。
それはとても居心地の良い関係に思えて、だからこそ、そんな関係が変わるのが怖い。
今のまま、ぬくぬくとした優しい関係でいられたら。
そんな甘えが出てきてしまう。
――――だって、そんな優しい関係でいられる時間は、あと少ししかないんだから。
もう少し時が経てば、きっと同世代の女の子に樹の興味が向くだろうことは、火を見るより明らかだ。
今は身近にいるヒナに興味が向いてしまっているけれど、それは一時の気の迷いだとヒナは知っている。
近い未来、樹は同世代の女の子と本物の恋をするだろう。
それは自然な成り行きで至極当たり前なこと。
そう考えて、胸がギシリと軋んだ。
ムカムカとした黒い感情がわき上がってきて気持ちが悪くなる。
「……これは、気の迷い、なんだよね」
――――樹の感情がそうであるように。
痛む胸を拳で押さえながら、ヒナは小さく呟いた。
落ち着かない不透明な感情に支配されて、すでに身動きが取れなくなっている。
ヒナは想いを吐き出すような深い溜め息を零した。
「……なにこれ、わけわかんないよ……」
抜け出せない迷路に迷い込んだように、心が深淵へと沈み込んでゆく。
明確な答えを見いだせないまま、ぬかるみに嵌まって抜け出せない心と同じく、ヒナは湯船にぶくぶくと顔を沈めた。
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