Ⅰ ~近所の樹くん~

9/9

2643人が本棚に入れています
本棚に追加
/207ページ
「私、樹くんが大きくなったら、おばちゃんになってるよ」 「いいんじゃない? だってボクはヒナが良いもん」 「ありがと。でも、私はダメだな」  賢く見えない、どこか舌っ足らずな口調のくせに、ヒナははっきりと言い切った。 「……なんで?」 「私は弟とは結婚しないよ」  カッと頭に血が上る。  ヒナのセリフに、このまま暴れ出してしまいたい衝動に襲われてしまう。  樹は眉根を寄せてグッと耐えた。 「……弟違うし」 「そうだね。でも、私にとっては昔っから、樹くんは大切な弟だから」  瞬間、樹の顔が凍り付く。  無神経な女は、樹が一番聞きたくない言葉を吐いたその口で、一番好きなほんわりとした柔らかな微笑みをその唇に浮かべた。  ――――弟って何だ。それは逃げじゃないのか。  ヒナは分かってない。  こんなにも必死になってアピールしてるのに。  本当にバカな女。  確かに自分はヒナよりずっと年下かも知れない。  けれど、想う気持ちに年の差なんて関係あるのだろうか。  自分の両親だって11歳の年の差がある。  それこそ、母が小学1年の時、父は高校2年だった。  出逢った当時に恋に堕ちていたとしたら、それはそれでマズいことになるかも知れないが、大人となった今では誰も何も言わないじゃないか。  樹は痛む胸を拳でグッと押さえた。 「ちくしょ」  ――――鈍感女め。よくもボクの気持ちを否定する言葉を吐いたな。 「……絶対思い知らせてやる」  樹はとろとろと作業を続けるヒナをひたと見据え、彼女に分からせる策はないかと、頭を巡らせた。
/207ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2643人が本棚に入れています
本棚に追加