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「はよ、ヒナ」
いきなり頭上から降ってきた明るい声に、ビクリと肩が揺れる。
自分の身体をすっぽりと覆う影に、ヒナは顔を上げた。
「……類ちゃん」
「ん? ヒナ、どした? まだ昨日のこと気にしてんのか? 初等部の飯島センセ、凛さんは純人が助けたから大丈夫。今朝アイツからメール来て確認した。だから心配ないって」
類のセリフに、ヒナはホッとした。
純人は間に合ったのだ。
リンさんは助かった。
それが分かり、胸のわだかまりが一つ消えた。
けれど、胸に巣くう一番大きな暗雲は拭えない。
「なに? なんでそんな泣きそうな顔してんの」
眼鏡の奥の双眸が、ヒナを案じて眇められる。
「……泣いてんの?」
ヒナは微苦笑を浮かべて、緩く首を振った。
「あっ、まさかあの小生意気なガキになんかされたか!?」
類は前の席に座り、視線を落とすヒナの顔を覗き込んでくる。
彼の言葉に、ヒナはまた今朝のことを思いだして顔を強ばらせた。
「……あんのガキ……」
唸るような低い声に、ヒナは驚いて類を見た。
「ち、違うよ、類ちゃん! 樹くんが何かしたとかないから! やめて、樹くんは関係ないから!」
「ヒナがバカで無知なのを良いことに、好き勝手やってやがるだろーが。あのガキ」
「なに言ってるの。樹くん、言葉がキツい時もあるけど、優しい良い子だよ」
「……ヒナは絶対騙されてる。アレのドコをどう見て優しいとか良い子とかいう単語が出てくんのかがわかんねえ。あのエロガキは、狡猾とかずる賢いとか図太いとか厚かましいとか厚顔無恥とか言うんだ。純粋とかとは真逆の存在だバカヤロウ」
などと、ほとんど同じ意味の言葉を類は並べ立てて力説する。
――――樹くんのことを何も知らないくせに。
ヒナはムッと顔を顰めた。
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