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「ヒナー? 帰って来たの?」
その時、キッチンから声を掛けてきた母が、玄関先で蹲り声を殺して泣く娘の姿を見てギョッと駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの? なに泣いてるの?」
「ひぃ……っく」
母は、答えを返せず嗚咽をあげ続ける娘の、苦しげに丸まる背中にそっと手のひらを置く。
「なに、樹くんとケンカでもした?」
「……っ!」
ケンカではないが、何故樹が絡んでいることが分かったのだろうと、ヒナは涙でグシャグシャになる顔をあげて母を見た。
「ヒナは小学校の時、クラスメイトにいじわるされても、今みたいに声を殺して泣くなんてこと、ほとんどなかったでしょ? ヒナがそんなふうに泣く時は、たいてい樹くん絡みが多かったから。今回もそうなんでしょ? 伝えたいことがうまく言えなかった。そんな自分を不甲斐なく思って、悔しくて泣いてたんじゃない?」
穏やかに微笑む母に指摘されて、ヒナは言葉を失った。
その通りだったから。
言いたいことが何一つ言えなかった。
樹の想いの深さに圧倒されて、はっきり誤解だと告げることが出来なかった。
そのせいで樹を傷つけてしまったのだ。
だから、こんなにも悔しくて辛い。
昔から何も変わってない、進歩のない自分がこんな事態を招いてしまったのだと痛感した。
また涙を滲ませたヒナに苦笑しながら、母は続けた。
「ヒナは言いたいことほど詰まっちゃって口に出せない子だからねえ。でも、ちゃんと言葉にしないと気持ちは伝わらないし、分からないものだから。もしも誤解があったなら、ちゃんと口で説明しなさいよ?」
「……うん、う、ん」
「ほらもう先にお風呂入っちゃいな。顔、ぐしゃぐしゃ」
「うん」
エプロンの裾で顔をゴシゴシと拭われて、ヒナは赤くなった鼻でにこりと微笑んだ。
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