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「お、お邪魔します……」
「案外早かったね。もう少しグダグダ悩んでから来ると思ったのに」
玄関からは誰の姿も見えない。リビングから樹の声だけが聞こえてきた。
靴を脱ぎ、長く広い廊下をおずおずと歩きながら、ヒナは彼が居るリビングへと向かう。
「……樹くん、私が来ること知ってたの?」
ソファの上で足を組みながら、ヒナの問いに薄く笑んだまま、樹は答えた。
「あたりまえ。どんだけ一緒に居たと思ってるの。ヒナの行動なんて手に取るように分かるよ」
くつくつ肩を揺らす樹に、ヒナは怖じ気づいてしまいそうになる。
「ヒナ、紅茶が冷めちゃったよ。インターホン慣らすのに10分以上かかるとは思ってなかったから」
そう言いながら、樹は予想通りだと言わんばかりの態度で楽しげに嗤っていた。
彼が指差したカントリー調のテーブルには、ソーサーの上にお揃いのカップが置かれていた。まだ温かい紅茶からは細い湯気が立ち上っている。
カップを見つめたまま、ヒナは緊張のあまり言葉が出てこなくなる。
樹は笑いを止め、黙り込むヒナに気怠げな目を向けてきた。
「で? ヒナは何しに来たのかな」
ヒナを捉える樹の相貌は、冷たく傲岸で。
さらにヒナから言葉を奪う。
けれど、類とのことは誤解なのだとちゃんと伝えなければ。ヒナは喉を引き絞るようにして声を出した。
「あ、えと、るる、類ちゃん、類ちゃんね、」
「他の男の名前なんて聞きたくない。しかも、そいつはヒナの彼氏だしね?」
感情を消した冷たい声がヒナの言葉を遮った。
ヒナはバッと顔を上げて、思いきり首を横に振る。
「ちがっ、違うよ! 彼氏違う! あれは誤解なんだよ……!」
ちゃんと誤解だと説明しなければ。
そのためにここへ来たのだから。
ヒナはごくりと唾を飲み込んだ。
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