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夕方になり、ヒナは樹の家から自宅へと戻ってきた。
「……疲れた」
よろよろとした足取りで自室の扉を開け、勉強机にぐったりと突っ伏してしまう。ヒナの口からは大きな溜息と共に、今日一日の感想がこぼれた。
「なんかまた、樹くんのオモチャにされてしまった気がする……」
帰る時も、「骨折したからお風呂に入れろ。もちろんヒナも一緒だから」だの「く、苦しい……、水が欲しいんだけど、口移しで飲ませて」だの、最後には「ボクが良くなるまでずっとここにいろ。さもないと傷害罪で訴えてやる」だの、さんざんゴネられて、這々の体(ほうほうのてい)で逃げるようにして帰って来たのだ。
そんな返答に困るようなことを言って、四苦八苦するヒナを見て楽しんでいるのだ、樹は。
でも、エレベーター内で胸を押さえていた時は、本当に苦しそうだった。痛そうだった。
あれは冗談でも嘘でもなかったとヒナは思う。
「樹くん、エレベーター使えって言うけど、私3階だから使えないもんなあ。でも、樹くんの言う通り、これからは歩いて階段を使えばいいんだよね」
大きく頷き、そうしようと心に決めた。
実は、ヒナがエレベーターを使わないのには理由があった。
18階に住むクラスメートの金城が、昔、ヒナに言ったのだ。
『3階なんて低層階に住んでるヤツが、エレベーター使おうなんて贅沢なんだよな。お前みたいにトロくさいオンナ、階段で充分だ』
いじめっ子の彼は、ヒナを見下ろし居丈高に言い放った。
ヒナは考えた。
そうかもしれないと。
低層階に住んでいる人間はエレベーターを使っちゃダメなんておかしい言い分だと思う。
でも、上の階の人はその分たくさんの時間を待たなくちゃいけない。
だから、ヒナはそれ以来ずっと階段を使っていた。
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