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ヒナのベルトを掴む樹の手の力が緩む。その隙に、せっかく登った階段を一目散に駆け下りながら、ヒナは声を張り上げた。
「いいいいいい、樹くん!? これ、じんましんじゃなく……キキ、キスマークなの!? まままさかっ……昨日、昨日私に……何かした!?」
非常階段の扉を背に、ヒナは恐々とした顔で樹を見上げる。
樹は一瞬きょとんとしたものの、全てを悟ったような顔つきで、唇にニコリと優等生な笑みを刷いた。
「してないよ? ボクは酔ったヒナを介抱しただけ」
きっぱりと断言した樹の言葉に、ヒナは「その笑顔、なんか嘘くさっ!」と、怯えに震える手で非常階段のドアノブを掴んだ。
非常扉を引いた瞬間、脇から伸びてきた手が、バンッともの凄い音を立て扉を押し返す。
一気に階段を駆け下りてきた樹が、あっという間にヒナを捕まえたのだ。
「……なに逃げようとしてんのさ?」
真横から、耳朶に吐息を吹きかけるようにして囁かれる、樹の低く昏い声。
恐怖でサーッと血の気が引いてゆく。
ギギギと錆びた音を立てるように、ヒナはぎくしゃくと樹に視線を合わせる。
「逃げるのはやめた方がいい。……追いかけて、追い詰めて――――壊したくなるから」
にいっと、樹は端整な顔に凄艶で凶悪な微笑を浮かべ、ヒナの身体を扉に押し付けてくる。
――――ここ、怖いっ。
さらに覆い被さってくる樹に身体の自由を完全に奪われ、婀娜めいた鋭い眼差しで射貫かれて、ヒナは金縛り状態になってしまう。
ヒナの真横に両手をついた樹が、彼女を見つめながらクッと背伸びした。
悪魔のような黒い笑みを浮かべた樹の顔が、ゆっくりと近付いてくる。
――――きゃ――――ッっ!!
ホラー映画さながらなヒナの悲鳴は、薄く開いた樹の唇へと吸い込まれてしまった。
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