Ⅷ ~疑惑~

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 ヒナのベルトを掴む樹の手の力が緩む。その隙に、せっかく登った階段を一目散に駆け下りながら、ヒナは声を張り上げた。 「いいいいいい、樹くん!? これ、じんましんじゃなく……キキ、キスマークなの!? まままさかっ……昨日、昨日私に……何かした!?」  非常階段の扉を背に、ヒナは恐々とした顔で樹を見上げる。  樹は一瞬きょとんとしたものの、全てを悟ったような顔つきで、唇にニコリと優等生な笑みを刷いた。 「してないよ? ボクは酔ったヒナを介抱しただけ」  きっぱりと断言した樹の言葉に、ヒナは「その笑顔、なんか嘘くさっ!」と、怯えに震える手で非常階段のドアノブを掴んだ。  非常扉を引いた瞬間、脇から伸びてきた手が、バンッともの凄い音を立て扉を押し返す。  一気に階段を駆け下りてきた樹が、あっという間にヒナを捕まえたのだ。 「……なに逃げようとしてんのさ?」  真横から、耳朶に吐息を吹きかけるようにして囁かれる、樹の低く昏い声。  恐怖でサーッと血の気が引いてゆく。  ギギギと錆びた音を立てるように、ヒナはぎくしゃくと樹に視線を合わせる。 「逃げるのはやめた方がいい。……追いかけて、追い詰めて――――壊したくなるから」  にいっと、樹は端整な顔に凄艶で凶悪な微笑を浮かべ、ヒナの身体を扉に押し付けてくる。  ――――ここ、怖いっ。  さらに覆い被さってくる樹に身体の自由を完全に奪われ、婀娜めいた鋭い眼差しで射貫かれて、ヒナは金縛り状態になってしまう。  ヒナの真横に両手をついた樹が、彼女を見つめながらクッと背伸びした。  悪魔のような黒い笑みを浮かべた樹の顔が、ゆっくりと近付いてくる。  ――――きゃ――――ッっ!!  ホラー映画さながらなヒナの悲鳴は、薄く開いた樹の唇へと吸い込まれてしまった。
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