Ⅱ ~近所のお姉さん~

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 翌朝、ヒナはいつもよりゆっくりとした足取りで、非常階段を降りてゆく。  階下を見下ろすと、そこには昨日と同じく樹の姿があった。 「あれ、今日は走ってこないんだ」 「うん。樹くんにこれ以上迷惑掛けられないしね」  ちょっとお姉さんっぽく言ってみた。  すると、 「……別に迷惑違うし」  むすっとした顔で、樹はぼそりと呟く。 「昨日お母さんに言われたの。もうちょっとお姉ちゃんらしく落ち着きなさいって」 「ヒナが落ち着く? ムリでしょ、そんなの」  あり得ないとばかりに手を振って否定する樹に、ヒナはムッと顔を顰めた。 「なんで?」 「だってヒナ、興味あるもの見つけたら見境なく突っ走るし、ハムスターが滑車くるくる回してるみたいに落ち着きないでしょ」  ……ハムスターって。  その比喩はわかりやすいけど、腹が立つ。 「……私、そんなにヒドいかな?」 「たいがいだと思う」  おずおずと不安に駆られつつ聞いてみたら、けんもほろろ、ばっさり切り捨てられてしまった。  ヒナは泣きそうになりながら、溜息をつく。 「だね……もう17歳だもんね。がんばってお姉ちゃんらしくしないとダメだよね」 「イヤ、だからヒナはそのままがいいんだって」  樹の言葉に、ヒナは、あっと声を上げた。 「同じこと言った! 美術の河居先生もね、樹くんと同じこと言ったんだ。さんざん落ちつきないとか貶しておいて、そのままでいいなんて」  ヒナはその時の様子を思い出して、クスクス楽しそうに唇を綻ばせる。  彼女の言葉に樹の表情がすぅっと凍り付いた。 「……なに? 河居センセって初等部にもくる美術教師のこと? あのムサイ無精ヒゲ男?」 「うん。美術部の顧問の先生なんだ」 「……ヒナはソイツのこと好きなの?」 「うん、大好き! スゴい絵描くんだよ」  何の迷いも衒(てら)いもなく満面の笑みで答えるヒナに、樹の双眸が険しく眇められる。 「ふうん。そーなんだ」  樹の足がピタリと止まる。  先を行くヒナの背を、樹はただ無言でじっと見つめていた。
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