Ⅱ ~近所のお姉さん~

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         ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 「ねえ樹くん。なんか絵、描いてみて?」  夕食後、ヒナの自室で、樹は「はい」と手渡された真新しいスケッチブックを受け取った。  樹は苦いものを口に含んだみたいな顔をして、イヤイヤそれを受け取ったのだが。 「絵は、本当に苦手なんだよな。あ、そうだ。ヒナが手本見せてよ」  全くやる気のない樹は、ヒナに丸投げした。 「あそこにある描きかけの絵。あれ描いてよ」  樹はイーゼルに立てかけられたキャンバスを指差す。  ヒナは困り顔でキャンパスから樹に視線を移した。 「え? でも、私、描き出したら周り見えなくなっちゃうから」 「知ってる。それを見る方が勉強になるから」  早くしろとばかりにヒナを促す。  ヒナは「仕方ないなあ」と嘆息して、言われるままキャンバスに向かった。  すると、すぅっとヒナにスイッチが入る。  描き出したらヒナは周りが見えなくなる。  樹はそれをよく知っていた。  真剣な顔で、ヒナは筆に色をのせてゆく。  流れるような動きでキャンパスに色を刷くヒナの真剣な姿は、とても綺麗だと樹は思う。 「ヒナ?」  名前を呼んでみた。  返事はない。  ヒナのボケーッとした表情がキュッと締まり、まるで別人みたいに雰囲気までも違う。 「この集中力は賞賛に値するね」  ヒナの隣に椅子を持ってきて座った樹は、じっと彼女を観察し始める。 「ねえ。ヒナはあの美術教師が好きなの?」  答えは返ってこない。  分かっていて質問しているのだけれど、聞こえていないことが樹を素直にさせた。  今日、登校時、樹は見たのだ。  仲よさそうに談笑しながら、あの髭面の美術教師とヒナが寄り添うように歩いている姿を。  ヒナが男に対して興味を抱く姿を、樹は初めて見た。  頭の中が白く溶け落ちるような衝撃に息が詰まり、呆然と立ちすくんでしまった。  次の瞬間、驚愕が怒りにすり変わり、そして、激しい悋気(りんき)の熱が身体中を炙るようにして駆け巡った。  ……絶対に許せないと思った。
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