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Ⅲ ~天使な悪魔~
Ⅲ
――――カタカタカタ。
耳朶に響く規則的な音に、沈んでいた意識が呼び戻される。
ヒナは張り付いた瞼をうっすらと開けた。
その音は、小柄な影がパソコンのキーを打つ音だった。
――――あれ?
ヒナはゆっくりと身体を起こしてみる。
シーツが引っ張られる衣擦れの音とベッドが軋む音に、小柄な影がクルリと振り返った。
「あれ、目が覚めちゃったの」
にこりと無邪気な笑みを浮かべる樹の姿に、ヒナの頭に先ほどの出来事が走馬燈のように蘇ってきた。
――――お風呂場で、私……樹くんに、キス……された?
「ひぁッ」
思わず掛けられた布団を手繰り寄せ、身体を隠すような仕草を取る。
一気に頬を紅潮させたヒナの反応に、樹はしたり顔で唇の端を吊り上げた。
「ふふっ。どーしたの? ヒナ、真っ赤になってるけど」
ヒナの反応を楽しむような、それでいて、彼女の顔に浮かぶ感情を正確に推し量ろうと分析するような、そんな双眸で樹はヒナを射る。
じっと食い入るように見つめられて、ヒナの動揺と胸の鼓動は否が応にも増してゆく。
「なななな、だってだって、樹くんが、へへへ、変なこと、キキキス、」
「変なこと? それってさっき、昔みたいに一緒にお風呂に入ってキスしたこと?」
どこが変なの? 教えてよ。と、首を傾げる樹に、ヒナは言葉を失ってしまう。
「も、もう、樹くんは大きいから……一緒に、お風呂は入らない、キスもダメ! 絶対ダメだからっ」
「イヤだね、却下。だって、ヒナ言ったじゃん。ボクはヒナにとって弟、それはヒナの中で覆らないんでしょ、今は。それに、外国じゃキスなんてただの挨拶だし。何をそんなに意識する必要があるの?」
樹は座ったまま椅子ごと身体をヒナの方へと向けた。
キイッと響く椅子の小さな音が、しんとした部屋では大音響のように耳に届く。
高鳴る胸の音さえ漏れ聞こえてしまいそうなほどの静寂。
ヒナの喉が緊張でコクリと上下に動いた。
薄暗い室内で窓から差し込む満月を背に、樹は幼子のように首を横に倒しながら、見透かすような大人じみた双眸で彼女に問う。
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