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Ⅰ ~近所の樹くん~
「ヒナー早く行かないと遅刻するよー」
キッチンにいるお母さんの声に、ヒナは慌てて高校の制服についたヨレを直し、カバンを手にした。
「いってきまーす!」
玄関を飛び出すと、ヒナは慌ただしく非常階段へと飛び出した。
そのまま非常扉を開け放ち、全速力で階段を駆け下りる。
制服のスカートが股に絡まるようで走りにくかったが、構ってなどいられない。
「うわあ、遅刻しちゃう!」
縺(もつ)れる足に気をつけながら先を急ぐ。
非常口の入り口1階部分には、見知った少年が腕組みしながらこちらを見据えていた。
「あっ、樹くん、おは、」
――――よう。
という残りの言葉は、空中にかき消さてしまう。
「あぁっ、うわっきゃああ―――ッ」
足を絡ませたヒナは、階段上からダイブしてしまったのだ。
「しし、死ぬ死ぬ死ぬッ! ぅきゃ――――っ」
ヒナは、ぎゅっと目を閉じ衝撃を待った。
ドサッという音と、温かな肉の感触。
「……へ? 痛くない?」
恐る恐る目を開けたら、唇が触れそうなほどに近く、不機嫌を絵に描いたような樹の仏頂面があって。
尻餅をついた樹の身体の上に乗り上げるようにして、ヒナは抱きしめられていた。
「……ヒィーナァー? なんでいつも階段で、しかも全速力で降りて来るの。そして何回見事なダイブをボクに披露するつもり? エレベーター使えって言ったの、もう忘れた? ……この鳥頭め」
言いながら、樹はせっかく綺麗にセットした髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてくれる。
「やッ、めて! ヤダヤダ」
それこそホントに鳥頭にされてしまうと樹の手を退かそうとするのだけど、
「違うでしょ。助けてくれてありがとうって、ボクに抱きついてちゅうしてくる場面じゃないの、ココ」
ほっぺたを両手でむにゅっと押されて、唇がぷくっと膨れる。
「ああ! ありがとう! 今日もごめんね、樹くん。怪我ない? 痛いとこは?」
わたわたと樹の上から飛び退いたヒナは、ぺたぺたと彼の身体を触りまくった。
怪我を負ってはいないかと、ヒナは蒼白になりながら樹に確認する。
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