Ⅲ ~天使な悪魔~

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『樹くん?』  鈴を転がした、そんな表現がピッタリくるような少女の声。 「悪いな、遅くに。杏璃(あんり)、お前に頼みあんだけど。この前言ってたヤツ、ボクのアドレスにすぐデータ送ってくれない?」  ちらとヒナを窺いながら、カチカチとパソコンのキーを触る。 『でも、そんなことしたら、柊ちゃん……河居センセが……』 「大丈夫。お前もこのまま停滞したままじゃイヤなんだろーが」  不安げな声に、畳みかけるようにして樹は諭す。 『……う、うん』 「早くしないと奪われるぞ。あのオンナ、河居の元カノに」 『それはイヤッ。でも、大切な切り札なんだから、絶対公にしちゃダメだよ? 元カノに見せて諦めさせるだけだからね?』 「分かってるって。今から送って。――――すぐだ」 『わかった。でも、河居センセ傷つけたら……あたし、怒るからね?』 「ふふっ。悪いようにはしないよ? あんな汚らしいヒゲ野郎、杏璃にのしつけてくれてやる」  むしろ、杏璃とふたりどっかに行ってしまえ。樹は真剣に願う。 『ヒドッ! あたしの王子様なのに! ってか、相変わらずだね、樹くんは。ちょっと待ってね。――――はい、送信完了。言われてたメルアドにデータを送信したよ。届いてない?』  自分の暗証番号を入力し、メールボックスを開く。  送られてきたデータを見て、樹の顔に会心の笑みが浮かんだ。 「ありがと、杏璃。愛してるよ」  おかしくて堪らない。  ――――これでヒナを惑わす害虫を排除できる。  声を立てて嗤いそうになり、グッと堪える。肩がふるふると小刻みに震えていた。 『うわっ、気持ちワル。樹くんにそんなこと言われたら、なんかナイフ突きつけられて脅迫されてるみたいに聞こえるよ』  心底嫌そうな杏璃の声に、今度こそ笑いが漏れてしまった。 「ふ、ははっ、わかってるねえ。ホント、杏璃の方がヒナよりずっと大人だよ」  食い入るように画面を見つめながら、これから成すべきことを頭の中で組み立ててゆく。  そして、最後にカチッとエンターキーを押した。  ――――コンプリート。これで終わった。ほんの刹那な、ヒナの恋は。 「アリガト、杏璃」  単調な声で心のこもらない礼を言うと、樹は携帯を電源ごとプツリと落とした。
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