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「うわ、美味しいっ! クラムチャウダーも、この卵焼きも、甘くて凄く美味しいね! 甘い卵焼き、大好き」
ぱあっと顔を綻ばせ、ヒナは感嘆の声を上げた。
「ありがと。うち、父さんが甘い卵焼きが好きだから。いつもこんな感じ」
「そうなんだ。私ずっと樹くんが甘い卵焼きが好きなんだと思ってたよ。実はパパさんだったんだね」
驚くヒナに、「ボクは甘いの苦手だから」と樹は苦笑した。
さらにヒナの目が見開かれる。
うぐりと黙り込んだヒナの顔に、『しまった昨日ホットケーキ激甘にしてしまった』とありありと書かれていて、隠し事が出来ない素直な彼女に樹は思わず噴き出してしまった。
「ふふっ。甘いもの苦手になったのって最近だから、ヒナが知らなくても仕方ないよ。気にしないで。それよりも」
言葉を句切り、樹は手にしたフォークを皿に置く。
ナフキンで口を拭いながら、じっと自分を見つめるヒナに視線を合わせた。
「ねえ、ヒナ。将来、ボクがヒナのダンナさんになったら、毎日料理でも何でもしてあげるよ? ボク、結構お買い得だと思うんだけどなー」
今のうちに青田刈りしてしまえと、樹はヒナにアピールする。
ヒナはきょとんとした後、嬉しさと恥じらい、それらを戸惑いで覆い隠したような顔で小さく微笑んだ。
「ホントだね。私、あんまり料理上手じゃないから、樹くんに教えてもらえるね」
「……ヒナが知らないことは、ボクが全部教えてあげるよ。……全部、ね」
クスクスと愉しげな笑み声を漏らす樹の眸に、かちりと小さな焔が灯る。
「じゃあお礼に、私は美術を教えてあげるよ。それくらいしか、私、取り柄ってないから」
約束したもんねと、ヒナは唇を綻ばせた。
「お礼はヒナ自身がいいな」
絶対に聞こえないだろう声で、樹はボソリと呟く。
ヒナは「え?」と顔を上げた。
「なに、何か言った?」
「ううん、なにも。……それはそれ、追々に、ね」
そう言うと、樹は曖昧に微笑んで口を噤んでしまった。
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