2643人が本棚に入れています
本棚に追加
「チッ」
面倒くさそうに舌打ちした樹は、ふいにスマホを取り出して、どこかへ電話を掛ける。
寧音とヒナは、樹は何をするのかと呆気に取られた顔で凝視するのだが。
「あ、父さん? 母さんがさあ、ウルサいんだ。大至急連れて帰って欲しいんだけど」
その言葉に、寧音がギョッと飛び上がった。
「はあ!? なにパパに電話してるの、アンタ!」
寧音の悲壮な声を無視して、樹はスマホで話し出す。
「うん、ボク、しばらく帰らないし。この前母さんとケンカしてたじゃない? 父さんの仕事で母さんをサンパウロまで連れて行く行かないでさ。ゆっくり話出来るんじゃない? あーそうだよね、だったらこのまま連れ去っちゃってもイイと思うよ? 母さん邪魔だし。……だよね。わかってるって。あ、そうだ。あれ、ボクの机の戸棚に隠してあるから。くくっ、じゃ、よろしくね?」
心なしか不穏で黒い会話が展開される中、寧音は顔面蒼白で陸に打ち上げられた魚のごとく口をぱくぱくさせている。
「アンタ何非道なこと言ってんの!? ってか、アレって何!? 何隠してるって!? パパ……パパは? パパはなんて言ってたの?」
「今からだとリオのカーニバルには間に合うかな、だってさ」
にこりと無邪気に微笑む樹に、びっくり顔でその場に固まる寧音。
一拍後、
「ぎゃああッ、行かないって言ってんの! ヤバい、旦那に連れ去られる……! 私、実家に非難するわ! ほら、樹、アンタも行くわよ!」
寧音は樹の手を掴んで、くるりと玄関扉へと手をかけた。
「行かねーって。しつこいな。ボクはヒナといるんだってば」
「ダメッ! アンタヒナちゃんに何する気!?」
涙目でわなわなと震えながら、寧音はヒナと樹を見比べる。
樹は顎に手を当てて、可愛らしく首をコテンと倒しポツリと呟いた。
「んー、父さんが母さんにしたのと、同じこと――――カナ?」
「ヒィ――――ッ!」
可憐な笑みを浮かべながらぺろっと答える樹に、寧音は「拉致監禁は犯罪だわ――――っ!?」と、ホラー映画の主人公みたいな断末魔の叫びを部屋中に轟かせた。
最初のコメントを投稿しよう!