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「ちょちょちょっ、待って、サンパウロには行かないからね! 私は日本で仕事があるんだから! あっ、い、樹は!? ヒナちゃんに、め、迷惑でしょ! 連れて帰るから!」
「ヤ。ボク帰らない。父さん、母さん早く連れてってよ。うるさいから」
しっしと手を振り、樹は寧音を追い払おうとする。
「ヒナちゃんはいいの? 樹がいても」
総一郎は寧音を納得させるために再度ヒナに確認してくる。
ヒナは二パッと微笑み、大きく頷いた。
「はいっ! 美術教えるって約束もしましたし、私一人だと怖いので……樹くんがいてくれて安心なんです」
ヒナの言葉に、ムッとしていた樹の顔が一気にほころぶ。
「ふふっ。ホラ、ヒナも安心するって言ってるじゃん。とっとと帰ってよ、イロイロと邪魔なんだよね」
「イロイロってアンタ何する気!?」ぎゃーっと頭を抱える寧音の悲壮な叫びを遮断するように、樹はさっさと玄関扉を閉めて鍵を掛けてしまう。
そして、くるりと振り返り、樹はしおらしく頭を下げた。
「……ごめんね、ヒナ。あの人達、賑やかだから」
「ううん。なんかいつ見ても仲良しさんだね、樹くんのパパとママ」
ヒナは二人の様子を思いだしてクスリと笑う。
寧音はなんだか誘拐犯にでも捕まったような顔をしていたが、樹の父・総一郎は、妻を抱きしめながら蕩けんばかりの微笑を浮かべていた。
ヒナはいつまでも仲の良い二人が羨ましいなと思ってしまう。
「……仲良し、ねえ。ボクもあの二人みたいに、鬱陶しいくらいベタベタしてみたいよ……」
脱力したように廊下の壁にもたれかかった樹は、キッチンへと向かうヒナの後ろ姿を目で追いながら、ポツリと溜め息混じりに呟いた。
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