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Ⅴ ~罠~
Ⅴ
「ねえ。ヒナ、昨日描いてたあの絵、学校に持ってくやつだよね? あれ、いつ持って行くの?」
キッチンのカウンター越しに声を掛けられて、ヒナはビクッと振り返った。
「え」
樹の唐突な質問に、寧音からもらった料理を丁寧に小皿へと盛っていたヒナの手が止まる。
リビングにノートPCを持ち込み、テレビの前で何やら忙しなく打ち込んでいた樹が、いつの間にかチェアに腰掛けカウンターに肘をつきながら自分を見ていたことにヒナは驚く。
質問の意図がつかめず、ヒナは不思議そうな顔で樹を見つめた。
「ねえ、教えてよ」
「んー。部屋にあっても邪魔になるから……。じゃあ、明日にでも持って行こうかな」
期日にはまだ余裕があったけれど、美術部顧問の河居にも見せて意見など聞きたい。
いつ持って行くと具体的には決めてなかったが、言葉通り明日にしようとヒナは思った。
「ふうん」
「樹くん、なんでそんなこと聞くの?」
「あの絵、ヒナが良かったら、ボク、欲しいなって思って」
「え? うん。もらってくれるなら、樹くんにあげる。でも、あれ結構大きいよ。邪魔にならない?」
「大丈夫。ありがと」
そう言うと、樹はにこっと微笑んだ。
可憐な仕草で笑う彼の姿に、ヒナは顔をしかめた。
とても綺麗なその微笑みは、まるで仮面のように思えたから。
――――この笑顔は、樹くんの本当の笑顔じゃない。
そんなふうに思ってしまう。
ヒナは小さくため息をつくと、樹が持ち込んだノートパソコンをチラリとうかがった。
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