Ⅴ ~罠~

3/23
前へ
/207ページ
次へ
 そう。ヒナは分かってきたのだ。  彼の言葉や態度は、はっきりし過ぎるほどに明確な自分へのアピールだと。  樹の双眸も彼のセリフ通り、「ヒナに照準合わせて現在進行形で狙ってます」と察することができるほど、以前にも増して態度も言葉も露骨になってきている。  固まるヒナの腰に回された、樹の腕。  拘束する力が次第に強さを増してゆく。  上目遣いで覗き込むようにして見つめられ、あまりの至近距離に酸欠状態に陥るヒナは、喘ぐように浅い吐息を繰り返すことしか出来なくて。 「ヒナ、ボク頑張って貯金するから、安心して嫁に来てね?」  あからさますぎるほどに想いを体現する樹に、ヒナはどう言葉を発したらいいのか、なんて回答するのが正解なのか、全く分からない。  ただただ、戸惑うばかりだった。  今の気持ちを例えるなら、じりじりと崖っぷちまで追い詰められているような、たった一人敵地に放り込まれ四面楚歌な状態で矢を射られる寸前、絶体絶命な窮地に立たされているような、そんな切迫感に苛まれるのは何故だろうか。  樹の秋波混じりな色めいた視線に曝されているうちに、カーッと身体が火照ってきて、顔に熱が集中し出す。  ヒナは赤くなった顔を隠すようにして両手で頬を覆い、樹から思いきり顔を背けた。 「……そそそそんなの、考えたことない」  口の中でぼそぼそと呟くヒナに、樹はしたり顔でほくそ笑む。 「じゃあ、考えて」 「……ムリだよ」  消え入りそうなほどに小さな囁き。  ヒナの胸に顔を埋めるようにしていた樹の片目が、不快げに細められた。
/207ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2643人が本棚に入れています
本棚に追加