Ⅴ ~罠~

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「……ムリってなに?」  棘が生えたような剣呑な声に、ヒナは驚いて身体を揺らす。ビクビクと及び腰になりながらも恐る恐る口を開いた。  「ごごごめん、わ私、ちょっと部屋に戻りたいから、離して、欲しいんだけども……」 「そんなのムリ。このままじっとしてな」  ヒナが言った『ムリ』という単語をわざと使い、樹はギロリと睨み上げてくる。  でも、腕の力だけは執着を表したように一層強くなり、甘えるようにギュッと抱きついたまま離してくれない。 「……い、樹くん、部屋に戻、」 「ねえヒナ、ちょっと屈んでみて?」  ニコッと天使の笑みで言葉を遮られ、ヒナは訝しみながらも「なに?」と樹に顔を寄せた。 「いッ!?」  ヒナが前屈みになると同時に、チェアの上で伸び上がった樹に下から唇を掠め取られてしまう。  軽いリップ音を立てて離れた唇に、ヒナの目はこぼれ落ちそうなほどに見開かれる。  樹は意地の悪い顔でニヤリと片唇を吊り上げた。 「なっ、な……っ、ま、まま、またッ……!!」  ヒナは唇を手のひらで覆い隠した。  全神経が唇に集中してしまい、濡れた感触がひどく羞恥を誘う。顔が燃えるようにほてり出す。 「死ぬほど考えろ。真剣に考えもせず適当に『ムリ』って答えるヒナが悪い。ボクをイラつかせた罰。ふふっ。でも、こんな楽しい罰なら多少イラってさせられてもイイかな。ボク、キス魔だし。――――もちろん、ヒナ限定だけど」  からかうような愉しげな声に、ヒナは泣きそうになる。  樹は取って付けたような邪気のない笑みを顔に貼り付け、ヒナの恥ずかしがる姿を下から楽しげにのぞき込んでくる。  全身を赤く染め上げるヒナを熱い眼差しで捉えたまま、樹は誘うような仕草で自分の唇をペロリと舐めた。  あまりの卑猥な仕草に、ヒナの身体が融点に達し熔けてしまいそうになる。  羞恥と狼狽でひっくり返る寸前なヒナをじっと観察していた樹は、満足気に目を細め、拘束する腕の力をゆっくり解いた。
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