Ⅴ ~罠~

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 ふらふらとした足取りで自室へと逃げ込んだヒナは、魂が抜け出そうなほど盛大な溜め息を吐き出した。  そして、倒れ込むようにしてボフンとベッドへ沈み込む。 「うぅ、困った……」  疲れに掠れた声でポツリと呟く。  樹くらいの年齢の男の子は、あんなにもマセた考えや行動、そして、露骨なほどの愛情表現をしてくるものなのだろうか。 「初めてのキスも樹くんに奪われちゃったし、その後もしてくるし……それに、抱きついてきたり、お風呂で服脱がしてきたりとか、嫁とか……そんなこといきなり言われても……困る……」  ヒナは混迷を極めていた。  冗談だと笑えないほど樹は真剣な眼を向けてくる。  樹の気持ちが真剣であればあるほど、どう対処していいか分からない。  無視しても追い掛けてきそうな気がするし、『ムリだ』と言っても『死ぬほど考えてから答えを出せ』とか『試してみなきゃ分かんないだろ?』とか言われて躱(かわ)されてしまう。  それに、小さな頃から樹が隣にいることに慣れてしまっているヒナは、弟のように慈しむ彼が傍にいないこと自体想像が出来なかった。  誰かに相談したい。  クラスの女子に相談するよりも、男子の方がいいかもしれない。  なぜなら、彼らが樹くらいの年齢だった頃、どんな考えを持ち行動していたのか、もちろん個人差はあるだろうけれど、何か参考になる話が聞けるかもしれない。  もしかすると、あれくらいの年代の男の子は、身近な年上女性に対する憧れから、樹みたいな態度や行動をとることが実は当たり前なのかもしれない。  ――――時間が経てば、一過性の熱病のように、私に対する想いは樹くんの中から消えてなくなる?  そう思った時、ヒナの胸がちくりと痛んだ。  ヒナは感じた痛みを無視して誤魔化した。  とにかく、突破口を開かなければならないのは事実。  ――――明日、類ちゃんとすみちゃんに相談してみよう。  類はともかく、純人なら何か良い助言をくれそうな気がする。  ヒナはそう思い、少しだけ肩の力を抜いた。  俯せになり顔を布団に沈めて、モヤモヤする想いは押し殺し、瞼を落とした。  ウトウトとヒナの意識が落ちる寸前、ぼんやりと脳裏に過ぎったのは、懐かしい昔の記憶だった。
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