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翌朝、ヒナはバチッと元気に目が覚めた。
隣にいたはずの樹はもう居ない。
閉じられた扉の外に耳を澄ませてみる。
キッチンに人の気配がして、ヒナはホッと安堵した。
「あれからずっと寝てたんだ」
枕元の時計を見てみたら、ざっと12時間は寝ていたことになる。
「……すごい寝た」
寝過ぎだと自分でも驚いてしまう。
ヒナは掛けられた布団をはいで、自室を飛び出した。
「あ、おはよー、ヒナ。よく寝てたね」
エプロンを纏った樹が、可愛らしいにも程があると言いたくなるくらいの無邪気な笑顔を向けてくる。
思わず気圧されてしまったヒナは、「うっ、おはよう」と、挨拶を返しながら後退った。
「昨日、ヒナ晩ご飯食べずに寝ちゃったからお腹すいてるでしょ? シャワー浴びてきなよ。入ったら一緒にご飯食べよ」
「うん! お腹すいたー。樹くんスゴイね、朝ご飯作ってくれたの!?」
「うん。母さんが作ってくれたものもあるけど、ヒナはボクが作ったの食べて。ヒナが好きなものばかり作ったから。食べたいものがあったらなんでも言って。全部ボクが作ってあげる」
「うわあ、嬉しい! ありがと!! でも、なんで?」
誕生日はまだだし、何故か樹がご機嫌取りをしているようにみえて、何か裏があるのでは? と、ヒナは少し警戒してしまう。
困惑顔のヒナに、樹はムッと頬を膨らませながら答えた。
「なにその人を疑うような目。純粋な好意だろ。他意はないって。ヒナが喜ぶ顔が見たいだけ。――――っていうのは建て前で、ホントは餌付け以外理由なんてないだろーが」
最後の部分、樹は絶対聞こえないだろう小声でボソリと呟く。
「母さんの料理より絶対ボクの方が美味しいし」などと、まるで嫉妬しているようなふて腐れた顔でボソボソ話す。
ヒナの関心が自分以外の他に向かうことを何より嫌う樹は、黒い本音を綺麗に隠し、彼女の警戒を解くため無垢に見えるだろう渾身の笑みを顔に乗せた。
「じゃ、じゃあ今度私も何か作ってあげるね!」
小首を傾げた稚(いとけな)くも愛らしい樹の姿が、ヒナをまたも挙動不審にしてしまう。
一枚も二枚も上手な樹の術中にまんまと嵌まったヒナは、へへっと照れ笑いを浮かべて逃げるように浴室へと走って行った。
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