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眸に涙を溜めて、樹は必死な顔で言い募る。
いつも超然とした態度を崩さない樹の切羽詰まった様子に、飯島は驚きながらも彼を安心させるべく力強く頷いてみせた。
「分かった。先生が力になる。だから話してみてくれる?」
「ありがとう、先生。あのね……」
潤む双眸を誤魔化すように俯き、樹は小さく肩を震わせる。
飯島は言い淀む樹を促すように、彼の震える肩に優しく手を添えた。
「杏璃はボクの友達なんだ。でも、学校であんなことがあって……ボク、誰にも言えなくて……。今までの担任の先生には言えなかった。でも、杏璃、女の先生なら助けてくれるかもしれないって前に話してたから。杏璃が登校拒否になった理由、ボクの知らない詳細なことも含めて、実は、河居先生が全部知ってるんだ」
飯島の庇護欲を掻き立てるように、細く声を震わせ、双眸にこぼれんばかりの涙を溜めながら、そっと見上げてみる。すると、彼女の真剣な眼差しは、樹同様揺れていた。
案の定、飯島の意識が庇護すべき子供である自分に大きく傾き始めていることが手に取るように分かった。
分かっていて、樹はヒナに甘える時のように『弱い子供』を演じてみせる。
子供である自分の現状を唾棄(だき)しておきながら、時と場合によってはその事実を平然と利用する。
己の狡猾さと矛盾する思いに吐き気がした。
けれど今は、飯島を騙すために脆弱な子供を装う必要がある。樹は胸に広がる苦々しい思いに蓋をした。
「……あんなこと? 河居先生って高等部の美術の先生で、週一で初等部にも教えに来てくれる、あの河居先生? どうして河居先生が知ってるの?」
飯島の問いに、樹は小さく顔を上げた。
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