Ⅰ ~近所の樹くん~

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「ちゃんとヒナのお母さんにも連絡入れとくし、大丈夫」  だから看病しろと樹は言う。  ――――私がいなくても、火曜日の今日は樹くんのお母さんおうちにいてるはずなのに。  ヒナはムムッと眉根を寄せる。 「ほら、そこ。詰まってないでさっさと入れ」  玄関扉を開けて中へと促す樹に、ヒナは迷って二の足を踏んでしまう。  きょろきょろと落ち着かないヒナの視線に、樹はにいっと弓月型に唇を歪ませた。 「あ、母さん昨日から学会行ってていないよ」  扉を閉めながら確信犯的な笑みを浮かべる樹に、ヒナは「ひとりじゃ寂しいよね」と痛いような顔をして微笑んだ。 「そっか。お母さんお留守だったら仕方ないね」  お昼ご飯作ってあげるからと、さっさとキッチンへと向かおうとするヒナの腰を、樹は慌てたようにガシッと掴む。 「あのね、まだ朝の8時過ぎたとこなんだけど? なんで今昼ご飯の話するの」 「だって、今から作らないと、私間に合わないし」  胸を張って答えるヒナに、樹はポカンと口を開け放つ。 「……それってさ、そんな偉そうなドヤ顔で言う内容じゃないよね?」 「でも、慎重にしないと大変なことになるよ」  真剣な顔で答えるヒナに、樹は昼食に一体何が出来上がるのかと一抹の不安を覚える。  しばらく逡巡した後、樹は諦めたように深い吐息を零した。 「仕方ない。わかった、ボクも手伝う」 「ダメだよ。樹くん、痛みはもう大丈夫?」  心配そうな目を向けられて、樹はハッと胸を押さえた。 「……まだ痛いかな」 「ほら! ちゃんと寝てて。あんまり痛かったら病院行こうね」  キッチンで忙しなく動くヒナを見つめながら、所在なさげに、樹はソファへと寝転がる。 「自分の部屋で寝なさい」  不意に目が合い、ヒナはしかめっ面で樹の部屋を指さした。 「イヤ」  樹はムッとした不機嫌顔で、つんと返す。  ヒナは腰に手を当てて怒った顔をする。けれど、樹はふふんと笑んだまま、じっと自分を見つめるのみで動こうとしない。  ヒナは「ワガママだなあ」と弟を見るような目を樹に向けると、くるりときびすを返し、昼食を作る作業に戻っていった。
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