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雨が止んだ雑木林には濃い新緑の香りが満ちている。だが、木々の暗がりの奥ではもっと濃い血の匂いが充満していた。ぽっかりと口を開けているような暗闇を睨みながら露木香乃子はその場に立ち尽くしていた。
香乃子の後を追いかけてきた銀治がその背中を見て足を止めた。その背中はいつもと違う空気を放っていた。
「銀治……密葬よ」
耳鳴りがしそうなほどの静けさなのに胸騒ぎだけは鳴りやまない。寒いのか熱いのかもわからないのに震えだそうとする体を止めるために香乃子は拳を強く握った。
絞り出した声は銀治に届いたのだろうかと心配になったが、ちゃんと彼には届いていたらしい。「はい」と短く感情のない返事が返ってきた。
むっとするような濃い血と新緑の匂いがまた深まった気がした。見慣れた浅葱色の袴は黒く色を変えている。香乃子は強く目を閉じてからゆっくり開いた。
「お父さん……」
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