序章

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 少年の目に、大勢の兵士たちがうつる。  今自分のいる城を取り囲み、槍の穂先を天に向けている。陽の光が穂先を照らし少し動くたびに、きら、きら、と輝く。  その輝きがあちこちに散らばり飛んでいる。  父がだっこして窓からそれを見せてくれていた。 「父上、いくさは負けたのですか」  少年の言葉に父は力なく頷く。 「そうじゃ」  それだけ言うと、父は少年を下ろし手を引いて階下へ向かう。狭く急な階段を下りながら少年はこれから何が起こるのかわからないまま父に付き従った。 「これからは」 「はい」  手を引きながら、父は喉に何か詰まったような声で言った。 「これからは、わしは主ではない」 「?」  言葉の意味がわからない。今日まで父は「殿」と家来から呼ばれていた。 「いくさに負けたからですか?」  十一歳(数え年)の子供でもそれくらいはわかる、それが父にはつらい。 「そうだ」 「では、父上のお殿様は」 「いうな」  いくら我が子でも、受け止めねばならぬ現実を口に出されるのは堪えるようで。渋い顔をして我が子の言葉を止めた。  そうこうしているうちに大広間にたどり着き、あぐらをかいて深く顔をたれていた家来衆が一斉に顔を上げた。皆ぼろの鎧を身にまとって、刀を投げ捨てるように床に放り投げていた。  広間の中央には降伏の使者に出した家来が戻ってきていて、他の家来と同じようにあぐらをかき深く顔をたれていた。主に平伏しているのだろうが、かなり疲れている顔をして今にも眠りこけそうだ。  それから少年は侍女に手を引かれ自室へと連れて行かれ、まだ陽は高いというのにそこで無理矢理寝かしつけられた。  寝巻きに着替え布団に入る前、侍女は言った。 「若様、今までのことは夢でございます。夢でございました」  涙目の侍女の言葉がよく飲み込めないけれど、ここで寝て起きればもうその夢は終わるのだとなんともなしに思って。目を閉じた。  殿の嫡男だったのは夢で、目覚めれば自分は何なのだろうと思いながら眠りについた。
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