第一章 夫婦雛 その一

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 少年、千丸(せんまる)は父、大高輝種(おおたか・てるたね)の嫡子として生まれた。それから千丸三つの時、母お志野は突然剃髪し(髪を下ろすこと)出家した。父と上手くいかず、かと言って実家にも帰れず、半ばやけくそであてつけの出家だった。  念仏者で、常日頃念仏を唱えてばかりで男らしい野心のひとかけらも持ち合わせていない輝種に、お志野はほとほと飽き飽きして見限ったのだ。まだ二十五にの女盛りの身としては、三十も年の離れた年寄りの夫はあまりにも弱弱しすぎた。  実家はすでに敵に攻め滅ぼされていて離縁して帰ることもかなわなかった。 「わたくしも、あなた様のように毎日念仏を唱えて暮らしとうございます」  そう言って、夫と我が子に背中を見せて。尼になってから一度も会えなかった。不運というのは続くもので、お志野は出家した寺で流行り病にかかって、亡くなった。  家を出てゆく母を止めることも出来ず、力なくうつむき加減に母を見送る父の背中は、小さく丸かった。気性の激しい母のこと、実家が健在なら無理矢理でも離縁して出て行っただろう。そしてそこでまた新たなる出会いを用意してもらい、そこに嫁ぐかもしれない。  「賢婦二夫に仕えず」など、きれいごとにすぎない。この乱世の世、女は政略に使えるならばとことん使う。出戻りであろうと未亡人であろうと十にもならぬ幼子であろうと。  そして今、その母の実家を攻め滅ぼした中村家に、今度は大高家が負けた。  母の実家も大高家も、小城ひとつの小豪族の家。いくつもの城を持ち、そこにたくさんの家来を住まわせている大豪族中村家から見れば、蟻にも等しい。
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