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戦らしい戦も無く、輝種はあっさりと降伏を決め。中村家当主、中村家成(なかむら・いえなり)はそれを認めた。
輝種は豪族でも武士でもなく、ほんとうにただの念仏者だった。家来たちが血を流しひとりまたひとりと倒れる最中も、部屋に閉じこもって念仏ばかり唱えていた。
「わしが念仏を唱えるのは家や家来の無事を祈ってのことじゃ」
と、言い訳しながら何もしない。これでは家来たちもやってられない。家来の一人、津川太郎左衛門(つがわ・たろうざえもん)は主の不甲斐なさを嘆きながら一人敵陣に突っ込み名誉ある戦死をとげ、それがようやく大高家の名誉を守っていた。
それがなければ、今頃どうなっていたか。
「主のみならず家来も腑抜け、皆腑抜け、腑抜けの家じゃ」
と陰口をたたかれてばかりだったろうから。聞けば母の実家はまだ善戦したという。
それはともかくとして、千丸は父と家来二人とともに中村家当主中村家成の居城である式頭城(しきとうじょう)に向かっていた。
子馬にまたがって空を見上げながら、父の後ろについていっていた。空は青く、太陽は光り輝き大きく白い雲が優雅に泳ぐ。そこから目を落とし、父の背中を見た。
大きな馬にまたがる父の背中は、小さくて丸かった。
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