第一章 夫婦雛 その一

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「これ」  と言う目で晴景は十兵衛を見据え、男に付き従う主の後ろを着いてゆく。やがて案内役が門番の頭から中村家成の直臣らしき侍にかわり、城内にはいり、どこかの一室に押し込めらた。  ふすまをぴしゃりと閉めた侍がどたどたと足音を響かせ部屋から遠のいてゆく。千丸はまだおびえていた。さっき鷹を見た楽しそうな気持ちはどこへやら、口を真一文字に閉じてただ体を震わせていた。この足音がまた舞い戻って、今度こそ鬼にとってくわれるのでは、という気持ちだけが心の中にうごめいている。   晴景と十兵衛は不憫そうに千丸を見て、輝種は無関心を装う。もう、己の命運がどうなろうと知らぬという風でもあった。心の中でひたすら念仏を唱える、最悪の事態になった後に無事極楽浄土へと導かれますように、と。  それを見る十兵衛の気持ちは穏やかでない。父はこの腑抜けの主のために討ち死にしたのか、とやるせない気持ちでいっぱいになる、おまけにおびえる我が子に声もかけもしない。これでは城を守るために死んだ者も浮かばれねば、子も不憫である。  これが主でなくば、殴り倒してしまうところだ。拳を握り締め、十兵衛は晴景とともに、ただ不憫な千丸のそばにいてやっていた。
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