お茶のおかわりはいかがですか?

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① 午後六時。 十二月ともなるとこの時間帯は日が沈み、空には星が輝く。 息をひとつ吸い込むと冷たい空気が身体中を駆け巡りなんとも心地良い。 土手に寝転びながら目を閉じて川の流れに耳を澄ませると、優しい音色が僕を快楽の縁へと誘った。 だから僕は冬が大好きだった。勿論他の季節も素晴らしい。けれどやはり僕は冬が一番好きだった。 しかし今僕は冬がそれほど好きではない。 都会の高校に通うために上京して二年目の冬が訪れた。 星の代わりにネオンが町中を昼間のように照らし出し、馬鹿みたいに騒ぐ若者たちの騒音が暴力的な勢いを持って流れる川のように僕の耳に飛び込んでくる。 この世界に朝、昼、夜の区別がなくなってしまったのかと錯覚させられるほどだ。 そんな都会に絶望しかけている僕が今いるところ。 それは夕食の買い物や部活帰りの若者などで賑わう千万商店街だ。 何故そんなところにいるかって? 簡単に言うと生活のため。学費や食費を稼ぐため。 僕が働くバイト先に行くためにはこの商店街を通らなければならないからだ。 人混みを忍者のようにすり抜けながら、精肉屋タドコロとクリーニングの白井という店の間にある、人が一人通るのがやっとだろうと思われる路地を真っ直ぐに進む。 そしてその奥にある店。 建物自体は新しく、清潔感のある白い外装。しかしそんなおしゃれな雰囲気をぶち壊すかのように取り巻く蔦がなんとも残念な店。 それが僕のバイト先である【カフェ・迷いの森】である。
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