5人が本棚に入れています
本棚に追加
寝るのは朝早く、起きるのは夕方頃なんて昼夜逆転生活を送っているせいで、御天道様を拝んでいる時間帯はいつも短い。その代わりいつも違う顔を見せてくれるお月様とは付き合いが長いものだ。
朝方から夕方まで雨が降っていたのか、道路のアスファルトは濃い色をしていて所々に水溜まりが出来ている。反対に空模様は雲一つなく、沈む太陽に昇り始めた月の光が天上に色をもたらしている。
俺は水が跳ねるのも構わず空を見上げつつ、真っ直ぐと歩いて集合場所へと向かう。帰途に着くOLやサラリーマン、部活終わりの学生たちが俺の横を通り過ぎていくが誰も気には留めない。
そうして目的地のビルへと入り、エレベーターに乗って準備中の札を出しているバー【ラカン】に入る。
落ち着いた雰囲気と夜間の街並みを堪能できるだけではなく、見るも怪しいマスクを被ったマスターの創作する至高のメニューに魅せられ、やって来る客は少なくない。
かくいう俺もまた常連の1人で、出資と支援を惜しんでいない。マスターは俺が来店したのを見ると、
「いらっしゃい……Mr.御劔。
他の連中はまだ来てませんよ」
「んー、知ってる。
ブルーくんは時間十分前にしか来ないし、もう1人はそれに合わせるだろうしね」
渋く低い声のマスターは自分の出前のカウンター席を拭き、此方へ、と俺を案内して座らせる。開店前に足を運ぶと大体こんな風なやり取りが交わされるので、どちらも慣れたものだ。
「オーダーは何にしますか?」
「今日は緩くて、すっきりしたのを」
「かしこまりました。
今回のMr.の仕事、ヤバいヤマでも引いたんですか?」
「んあ?大したことないよ、ラカン。
オーダーがそこそこシビアだから、お手々が震えてちゃ困るのさ」
話ながらもグラスに酒は注がれていき、俺の前に置かれる。匂いを嗅ぐとほんのり柑橘系の香りがして、口に含むと爽やかな風味が広がる。
「流石はマスターラカン……」
「お褒めに預かり光栄だよ、Mr.」
小切手を懐から取り出して、名前を万年筆で書き、マスターのラカンに手渡す。表情はマスクで隠れていて分からないが、金に目を輝かせる人ではないし、褒められて舞い上がるような軽い男でもない。
ゆっくりと飲んでグラスが空く頃になると、店内に地味なコートと青のネクタイを締めた茶髪の青年が入ってくる。
最初のコメントを投稿しよう!