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鉈峰さんはそれだけ言うと、口を噤んで目を虚ろにしてしまう。鉈峰さんとの会話の終りはいつもこんな感じだ
唐突に鉈峰さんが、喋らなくなってしまう。話しかけても、目の前で手を振っても反応がゼロになる
何かを考えているのだろう、とは理解できる
何かに悩んでいるのだろう、とも想像がつく
だが、何に悩み、なにを思考しているのか。それは僕にはわからない
人の頭の中や心の中を覗くことは、誰にもできない
それが出来たら、どれだけいいことか―――
「鉈峰さん?」
「・・・・・・、・・・・・・」
念のため、一度鉈峰さんに話しかけてみたが、やはり反応はなかった。彼女の虚ろな目は、どこか遠い虚空を見つめている
そろそろ休み時間も終わりそうだったので、案外ちょうどいい幕切れなのかもしれない。次の授業は終わるころには、きっと鉈峰さんも復活していることだろう
そうしたら、また話しかければいい
―――、意外なことに、僕は彼女に興味があるようだった
これまで生きてきて、いまいち他人に興味が持てなかった僕だけれど、彼女には関心が持てる
それは、やはり彼女の特異性がゆえなのだろうか
もしかしたら、それが『愛』の探究の役に立つかもしれない
僕はそう思い、密かに笑みを浮かべる
―――、誰かを好きにならなくちゃいけない気がした
そんな中学生の夏から、いよいよ動き出す時が来たのかもしれない
「好きに、なれたら、いいんだけれど」
僕の言葉は、鉈峰さんにも他の誰にも届かず、儚く空中で霧散した
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