プロローグ

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いや、だが待て。先に僕に刃物を突き付けて来たのはこの人だぞ? すなわち僕は正当防衛で、何も悪くないのではないか? 相手の腕を折ることが、果たして正当防衛に当たるのか、法律に詳しくない僕にはわからないけれど、だが、この目の前の追跡者が僕に包丁を突き付けてきたことは事実だ 「えっと、とりあえず聞きたいんだけれどさ、君何? 何者なの? ひょっとして夜道で他人に刃物を突き付けるのが趣味とか言う危険人物なの?」 「どうしてその結論に至ったのかは私には理解できないんだけれど―――、違うわ。ニュースとかで見たことない? 最近街やテレビで話題になってるあれ」 「街の話題は友人づきあいがゼロの僕にはわからないけれど、テレビというと―――、ああ、すっごくいやなこと思い出したんだけれど、ひょっとしてあれ? 結構前から暗躍している―――」 「そう、よく分かったわね。私の正体、それは」 「・・・・・・、最近大ブレーク中の、連続殺人通り魔さんですか?」 「ぴんぽーん、大正解。賞品としてあなたの首に包丁をプレゼントするわ」 目の前の追跡者は冷たい笑顔を零す。思わず冷や汗が頬を伝った よくよく見れば、追跡者の正体は女性であった。僕は男女平等主義なので、そのことについては特になにも思わなかったが、しかしその容姿の美しさにいは思わず息をのむところだった。危ない危ない 長い黒髪は綺麗に整えられていて、眼は理知的な感じで、冷たい光を携えていてる 可愛い、というよりは綺麗、という言葉が似合う容姿。まさしく黒髪の乙女、と呼べる存在かもしれないが、しかし乙女は包丁を持って人に襲い掛かったりしないので、それは外見だけに限られたことだった これが僕と彼女の出会いである。集約するならば、『僕が彼女に殺されかけて、反撃した僕が彼女の腕を圧し折った』という、荒唐無稽極まりない出会い まるで冗談みたい、というか七割がた冗談でしかないような出会いなのだが、しかしながら平凡極まりない僕は、この出来事さえ日常の一コマとしかとらえてなかった 彼女との出会いが、僕の平凡なる日常を変えていくだなんて そんな当たり前なことに気が付きもせずに、この時の僕はただただ、目の前の殺人鬼の処遇を、どうしたものかと考えるだけだった
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