第三十一話

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「そういえば専属契約の話は、きちんと伝えたのか?」  何も答えなかった私に、柊先輩はやっぱりかという顔をして、深いため息をついた。 「だって、ひーちゃんに何言われるか分からないから!っていうか帰ってない!!」  私は彼、柊先輩こと柊連次郎さんと、専属契約を果たしました。しかし、そのことを養父である柊に何も報告していないのだ。そして家にも帰れず、グラージェにてホテル住まい中の半ホームレス状態だった。  煉君も繭子さんもきっと喜んでお祝いしてくれるだろう。しかし問題は柊だ。同棲しているとはいえ家主は彼だ。彼が認めなければ、あの家にはいられない。まだしばらくはホームレス生活だなと、冷めた考えでまとまった。 「ばかっ声がでかい!」  ここは本部の廊下だ。防犯対策用に小さな足音でも、反響しやすい素材が使われていた。だから大声で言い争いなどをすれば、野次馬の人だかりができてしまうのだ。おまけに遺体発見数がダントツ一位の新人と、その相方の言い争いともなれば、興味がなくとも視線を引き付けるのだ。  実際にそれほど多くはないが、幾つもの好奇の目に晒されていた。私自身はどこにいても何をしていても、同じ光景が広がっているので見慣れた日常だが、柊先輩はどうなのだろうかと心配になった。 「食堂で社長と言い争っていたらしいが、それでどうする気だ?」 「妹の相手はもちろん気になるけど、やっぱり舞唄も心配で、どうすればいいのか……」  弱りきった声で本音を告げると、太い腕が伸びてきて、優しく頭をなでられた。自信がないことを、察してくれたのだ。千歳さんが璃夢だとわかっただけでも、妹を見つけられたと、安心できた。しかし、生前の彼女に対する疑問が、浮上してもっと知りたいと欲が出た。結局のところ、私は彼女のことを何も知らなかったのだ。  会いたくても、もう会えない、愛しい人  ―生きて、会いたかった―  柊さんは体の大きさを利用して、死角をつくったうえで、後頭部に触れた。いきなりのことで驚いたが、そのまま静かに胸にうずめられた。真意が読めず顔をあげると、柊先輩は瞑想するように目を閉じて、何も言わなかった。私はその優しさに誘われて、声を我慢しないで、思いっきり泣いた。  遺体が見つかったからと言って、そう簡単に踏ん切りはつかない。遺族としても、捜査官としてもまだ、一人では立ちあがれないままだ。
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