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そして柊先輩や高瀬さんのような、本部で寝泊まりする常勤者は、九百人にも上るのだ。これだけ大勢の人間がいても、おそらく私を契約者にしたいと思う人が、どれほどいるのだろうか。
ぼんやりと食堂で物思いにふけっていると、私が腰をおろしている窓際で、向かいの席に誰かが座った。きっと目が合えばその人は、相席を避けて、別の所へ行くだろう。しかし、移動する気配はなく、私の視線にもまるで気にも留めていなかった。
「東雲…さん?」
「久しぶりだな」
「そうですね。……って何でここに!」
「飯を食っているように見えないか?」
だめだ。この人、日本語が通じない。彼は高瀬さんと専属契約をしたはずだった。今更私に用はないはずだ。言いたい放題に文句を並べたかったが、周囲の視線で諦めた。
私は大人しく席に座りなおして、黙って食事を続けた。食事を摂り終えて、東雲さんがトレイを持って立つと、ぼそりと”後悔しないのか?”とだけ投げかけた。
後悔?そんなの、したくないにきまっているだろう。私は食器を返却してすぐ、ごみ箱に戻った。大胆にひっくり返して確認したが、中にそれらしいものは残っていなかった。
「探し物はこれか?」
一人で焦っていると頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。確信を持って見上げると、そこには予想通り柊先輩がいた。その手には私がくしゃくしゃに丸めて捨てた、専属契約書が握られていた。
「柊せんぱ―――」
「全くひどい奴だな。相談もせずに契約書を作成した上、ゴミとして捨てるなんてな」
「すいません」
原因は雫瀬鞘歌さんだ。出会った直後の柊先輩は、どこか陰のある人だった。それは、彼女と私がかぶって見えていたからだ。そしてそれを認めてしまうことに恐れを抱いていた。遺体が彼女だと判明して柊先輩が引き取ったが、踏ん切りをつけるにはまだ早く、時間が必要だろうと思っていた。いつ立ち直るのかはわからないが、すぐ専属契約が可能な状態ではないと察していた。
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