第三十話

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 僕は東雲の契約者として、共に職務を遂行していたが、東雲の言葉は僕には届いてこなかった。なぜなら、朝霞さんのことが気になっていたからだ。もっと正確に言えば、朝霞さんの友人として紹介された彼女だ。  その人は雫瀬舞唄といって、ただいま行方不明中の人物であった。行方不明になる前僕は、朝霞さんと彼女に接触していた。そのこと自体は大きな問題ではないが、彼女の口からは、母親のことしか語られなかった。父親の存在が気になったが、朝霞さんは詮索しなかった。  何か知っていて聞かなかったのか、何も知らないが本人が語らなかったため、詮索しなかったのか、そう考えてみて僕は、後者だと思った。朝霞さんは詮索してくる相手を、全て敵のように、毛嫌いしている所が見受けられた。自分が不快に思うことは人にもしない人だ。だから、何も聞かなかったのだ。  彼女が行方不明の今、父親なら行きそうな場所くらいは、知っているのではないだろうか。父親がどこにいるのかは不明だが、彼女が使っていた標準語には、特徴的な訛りあった。例えるならそれは――― 「若葉社長、お願いします。祇園に行かせて下さい!」  ああ、そうだ。確か京都弁の訛りだった。  朝霞さんは食堂で周囲から白い目を浴びながらも、屈強にそれらを跳ね返して、必死に社長を説得していた。一体何があったのだろうか。 「行方不明の雫瀬舞唄さんは、生まれの育ちも祇園の京都人だから、それを考えれば何かわかる可能性があるだろうね」 「ですから―――」 「ただ、それはあくまでも、可能性の話だろう?」  そう追及された、朝霞さんは後ずさりもせず、一歩も引かなかったが、押し黙ってしまった。 「そもそもこのことは柊君に話しているのかい?彼の許可がない以上は、私の口からは何も言えないよ」  それだけ言うと席を立ち、社長室へと引き返していった。いつもは甘いほどに優しい社長が、今日は珍しく冷たかった。だがそれでも的を射た正論だけが並べられていた。  朝霞さんはあっけにとられながらも、その背中に深々と頭を下げて、一言”すいませんでした”と、彼女らしく丁寧に謝罪した。
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